#第36回落選供養 皆さんの投稿に勇気づけられ、私も投稿を決意。 反省点は、設定の雑さ、中途半端な知識で書いた絵画の描写の雑さ、そして展開の分かりにくさ。 いかに説明的な書き方を抜いて伝えるか、という挑戦をしてみたが、技術が伴わず、分かりにくかったかもと今になって思います。 やっぱり、時間を置かないと気づかないこともある。 でも、雰囲気は気に入ってるので、そこは自分では気に入ってる。 では、反省と今後の気合入れを兼ねて、お目汚し失礼します。 『贋作美術館』 男がコンクリートとコンクリートの間を抜ける。所々ひび割れたその壁は、今にも崩れそうだ。煤けた灰色の壁は、年季を感じさせる風格がある。 顔を上げる。 細長く切り取られた空は青く、薄く伸びた白い雲が右から左に流れて行く。太陽は壁に阻まれ見えない。つと、壁を撫でる。触れた場所からぽろぽろと、粉が落ちた。男は頭の上のカンカン帽を右手で軽く押さえ、足を早めた。 コンクリートの壁に寄り添うよう置かれた室外機は、吹き出し口の蓋が外れ、中に緑の蔦がみっしりと詰まっていた。その蔦はコンクリートの壁を這い、男の頭を越え屋上のまで延びている。 荒涼とした雰囲気の中、男は長いコートをはためかせながら、劣化した壁の間を小走りで抜けていく。薄暗い路地に、男以外の人影は無い。それどころか、周囲一体に人の気配そのものが無かった。 やがて、男の視界が拓ける。眩しい陽光の下、男の眼前に広がったのは朽ち果てたアスファルト。そして巨大な美術館。豪奢な建物の外観は、所々崩れ、そこが最早役目を果たしていないことを告げている。 男は折れ曲がった信号機をひらりに飛び越え、ひび割れ、穴が空いたアスファルトの上を歩く。その速度は徐々に早くなり、我慢ならないというように、やがて疾走するようになった。 美術館の前で男が足を止める。 朽ちた石の柱、煉瓦造りの壁、一部崩落した屋根。入り口の階段は欠け、風化した欠片が地面に転がっている。壁に埋め込まれた窓ガラスもほとんどが割れ、建物の内部に新鮮な風を送り込んでいる。 男は首から下げた大きなカメラを構えると、角度を調整し、光を整え、念入りに焦点を合わせ、そのシャッターを押した。 カシャッ、と大きな音が鳴り、カメラの下部からべろりと紙が吐き出される。そこに映る、廃墟と化した美術館を見て、男は満足そうに笑った。そして、また足を進める。 美術館の中は、外ほど荒れてはいなかった。だが、床に敷かれた赤い絨毯は所々剥げ、色褪せ、破れている。かつては白白と輝いていただろう壁もまた、所々、壁紙が剥がれ、砕け、その退廃的な雰囲気を作り出すのに一役買っていた。 その壁に男が触れる。 やはり外のコンクリート同様、パラパラと粉が落ち、それが劣化している事を示す。だが、外壁のコンクリート程粉は落ちない。まだ健在な屋根に守られ、あまり風雨に晒されることがなかったからだろう。男は口元に笑みを浮かべながら廊下を進んで行く。 毛足が長かっただろう赤い絨毯は、家庭用カーペットのように固くなり、踏みしめるとじゃりと音がする。外から運ばれた砂が落ちているのだろう。本来それから内部を守るはずの窓ガラスは割れ、自由気ままな風が廊下を通り抜けている。砂まじりの埃っぽい風を吸い込まないよう、男は首元の黒いスカーフで口を覆った。 第一展示室、第二展示室をゆっくりと通り抜け、第三展示室へと向かう。道中では、モネやダヴィンチ、ダリ、ピカソ、ムンク、ゴッホ、ルノワール、シャガール、クリムト、ピサロ、セザンヌ、など、錚々たる面子の作品が男を出迎えた。モネの「サンタドレスの庭園」は床に座り壁に背を預けながら、ピカソの「肘掛け椅子に座るオルガの肖像」は仰向けになって、ダヴィンチの「巌窟の聖母」はブラブラと愉快そうに揺れながら、それらを横目で見て軽やかに通りすぎる男を見送った。中世や近世の画家たちが心血を注いで描いた絵のレプリカたちは、静かに男の背を見つめ、何も言わずにただそこで風化を待っている。 第三展示室で男は足を止めた。 通り過ぎた二つの展示室と比べ、そこは倍以上の広さがあった。円形の展示場の壁には等間隔に七枚の絵画が置かれている。ゴッホの「ひまわり」だ。そして中心には高く上を向く石像。中心には「サモトラケのニケ」が安置されている。頭部と両腕だけでなく、片翼すら失われたニケは、それでも真っ直ぐに立ち、崩れ落ちた天井から燦々と振る陽光を浴び、そのくすんだ大理石の肌を輝かせていた。 天井は完全に崩れ落ちている。 陽光どころか、風雨すら広間は許容するだろう。 男は背負ったいたトランクを下ろすと、その中から一機のドローンを取り出す。そして機体と同じ色の操縦機を持った。洗練された黒い異形が宙を舞う。男の手元にある操縦機の液晶に丸いホールが映し出される。ドローンはゆっくりと下降し、ニケを砕けた首から親指の消えた足までぐるりと丹念に写し、次いでゴッホの「ひまわり」を一枚目から順番に写していった。 それら全てを撮り終えると、仕事を終えたドローンは主の元へ戻り、その羽を休める。 男はトランクの中にドローンを仕舞い、今度は首にかけたカメラでニケとひまわりを丁寧に撮り始めた。 七枚のひまわりとニケを丁寧に撮影し、吐き出された写真を確認する。 そこに切り取られた「現在」に、男は満足そうに笑みを浮かべると、大きく息を吸った。そして、ぐるりとゆっくりそのホールを歩く。 年代もモチーフも、主題すらバラバラのアートが集まった美術館。誰が、何のために、どのような意図を持って作られた分からない、贋作だらけの美術館。だが、この世に本物が無く、その価値すら消え失せたならば、それはきっと知っている者だけの唯一無二の芸術。 男は網膜に、脳裏に、記憶に、体に、魂に焼き付けるようにそれを鑑賞する。そして、トランクから取り出した大量の写真が収められた大きなアルバムの中に写真を収納した。
黒平澄樺