第78回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「四畳半戦争」雅端午敦
春休みの帰省を終えて、都内にある賃貸ボロアパートに戻ると、白いカーテンに黒い染みが出来ていた。
激安四畳半一間の窓外は隣接する建物の壁がどーんと立ちはだかっていて日当たりが悪く、いつもジメジメとしている。開け閉めしたところで意味はないと、カーテンはずっと閉めっぱなしにしていた。そのカーテンに、染みができている。多分、カビだろう。今年は例年より雨が多く、ここのところ天気が芳しくなかった。こんなことなら定期的に換気しておけば良かったか。
染みは広範囲にわたって出来ており、まるで世界地図みたいだ。かなり不快だが、帰省の疲れで、その日はほっといて寝てしまった。
翌日。
僕は朝がめっぽう弱い。気がつくと家を出ないといけない時間の五分前だったりする。その日も、大学の講義にギリギリ間に合うか間に合わないかの時間まで寝てしまっていた。慌てて家を飛び出す。
奇跡的に間に合った。寝間着のジャージ姿のまま、身なりも整えずに家を出た甲斐があったというものだ。しかし、教室に入ってから寝癖が気になりだした。手櫛でどうにかしようとしながら、いつもの席につく。
「また寝坊したんか。あたまスゲーことになってんぞ」
隣に座っているツダちゃんが寝癖をいじる僕を見ながら言った。ジャージ姿で寝癖が爆発している僕と違って、バンドマンのツダちゃんはロックな服を着て、髪型もかっこよく爆発させていた。
「天然無造作ヘアってことでなんとかならない?」
「天然より人工の方が良いという稀有なやつな」
「それな」
ツダちゃんと僕は二人でクツクツと笑った。教授は産業革命についてウンタラカンタラと説明していた。
大学の講義を終えたあとは、一旦帰宅し、シャワーを軽く浴びて、こんどは多少身なりを整えてバイトに行った。
深夜。
バイトから帰宅し、電気を付けようとしたとき、部屋の異変に気がついた。僕は思わずツダちゃんに電話を入れた。
「……はあい」
「あ、ごめん。寝てた?」
「や、大丈夫。どした?」
「なんか、カーテン光ってんだけど」
「はあ?」
カーテンの染みになっていた部分がポツポツと光っていた。光は小粒で、ひとつひとつが独立しているらしく不規則に点滅している。光は徐々に増えており、真っ黒な染みの大陸に少しずつ広がっていた。
「なにそれ。ちょっと写メちょうだい」
「あー、まって」
僕は通話をスピーカーモードにして、スマホのカメラを起動した。カーテンの光に向かってカメラをズームする。すると……
「あ、これキノコだ」
「なんだって?」
「光ってんのキノコだわ」
「おまえんち、カーテンにキノコ生えてんのかよ。やべえな」
「ん? これって……」
僕は机からルーペを取り出して、光るキノコの周りを見てみた。するとそのキノコの周りには列車のようなものが走っているではないか。いや、それだけではない。キノコの上空には羽虫のような飛行機が飛んでいて、カーテンの白地部分には船の形をしたキノコが泳いでいた。
「どうしよう。カーテンに産業革命が起こってんだけど」
「え……なに? 酔ってんの?」
「いや、まじで」
僕はルーペ越しにカーテン世界の様子を動画で撮影し、ツダちゃんに送った。
「まじだ……」
「でしょ。やば。これすごくない?」
「つうか、こいつら戦争してね?」
「えっ」
ほんとだ。染みの大陸や島々のそこかしこで煙があがっている。羽虫みたいな飛行機が編成を組みドッグファイトをしている。白地の海(?)の上ではキノコの船が海戦を繰り広げていた。戦争は激化し、いくつかのキノコから大陸間弾道胞子が発射され、他の大陸にいるキノコの上に大きなキノコ雲ができて、戦争は終結した。僕はキノコがゲシュタルト崩壊した。
「終わったみたい」
「それはよかった……のか?」
「たぶん?」
戦争の終結でキノコ世界は急速な技術革新が起きたのか、物凄い速度で復興し、発展していった。
「なんか、すごい成長している気がする」
「だろうな。戦争が終わったってことは、次は宇宙進出だろうから」
僕は慌ててカーテンを引き剥がすと、くしゃくしゃに丸めてゴミ袋に突っ込んだ。
(了)