第77回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「みっつめ」村木貴昭
ある日。僕は小学校から帰ると、自分のおでこに目があることに気がついた。
それは鏡を見たときだった。
おでこの皺が気になって指を開いて皺を伸ばしていた。するとどうだ。
そこに目があったんだ。
たまげたなんてもんじゃない。それこそ心臓が口から出そうになった。
それだけでも驚いたのにもっと驚くことがあった。
僕が寝ているあいだにその目は開き、僕の口を使って、予言をするっていうんだ。
え、なんでそんなことを僕が知っているかって。それはね。
僕はここまで読んでいったん本を閉じた。小学校から借りて帰った本。おでこに目がある少年の話。もちろんフィクションだ。
晩ごはんまで時間があるから僕はひとり部屋で読んでいた。
少年のおでこにはみっつめの目があり、少年が寝ているあいだだけその目は開き、いろんなことを予言するのだ。それだけじゃない。みっつめの目が開いているあいだ、少年は無敵のヒーローになるんだ。
ああ。僕にもみっつめの目とかないかなあ。なんて思いながら鏡を見た。
あるわけない。
僕は手のひらをぎゅっと握りしめた。
そのときだ。なにかチクチクしたような気がした。
手のひらを開けてたまげた。
目があった。それも睫毛がぱっちりして、キラキラした目。まるで少女漫画に出てくる少女のような目だった。
その目がウィンクをした。
ねえ、お話しましょう。とでも言いたげだ。
きみは女の子かい。
僕は手のひらの目に聞いた。
目は一回ウィンクした。
いつからいたの?
これには応えない。
もしかすると瞬きの回数で、「はい」か「いいえ」を答えているのかもしれない。
そう思って別の質問をする。
僕は小学生?
目は一回ウィンクした。
僕は無敵になれる?
二度ウィンクした。それはつまり、
なれないの?
今度は一回だ。
なあんだ。それならただの目じゃん。無敵のヒーローになりたかったのに。
じゃあ、キミはいったいなにができるってんだよ。
目は物憂げに開いたままだ。
不満が胸の内に燻ぶりはじめる。
あ、そうだ。予言とかできるの?
ウィンク一回。
でも、予言を思いつくのが僕じゃあ意味ないよね。きみに言ってもらわなきゃ。
目はまったく瞬きしない。
もしかして僕が寝ちゃったら予言できるのかな?
僕がそう質問すると、目はウィンクを一回した。
よし。それならひと眠りしよう。
僕はベッドに横になった。しばらくして眠気がきてすぐに意識が消えた。
さっきの話。本当なの?
目が覚めるとお母さんが聞いてきた。すでに日が暮れている。お母さんは晩ごはんを呼びに僕の部屋に入ってきたようだ。
なんのこと?
もしかして僕は眠っているあいだに予言したのだろうか。
あんた寝言でおしっこしたって言ってたのよ。
僕はズボンが濡れていることに気がついた。
予言は当たったんだ。
だけど僕の手のひらにみっつめの目はもうなかった。
予言は一度きりだったみたいだ。
僕は静かに起き上がると、そろそろと脱衣場に向かった。
無敵のヒーローだって失敗はあるさ。
夕暮れの冷たい風が開けた窓から入ってきて、僕は手のひらをぎゅっと握りしめた。
(了)