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第76回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「疑惑」朝田優子

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第76回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「疑惑」朝田優子

<em> </em>最近、彼氏の様子がおかしい。会おうと電話をしても仕事が忙しいからと断られる。メールの返信も途切れがちだ。隠しごとをしているような、妙によそよそしい態度を感じる。

<em> </em>ある金曜の夜、何度かかけた電話がようやく繋がった。

「ねぇ、明日そっちに遊びに行っていい?」

「出張だから無理」

「いつまで?」

「明日から一週間くらい。今忙しいからもう切るぞ」

<em> </em>スマホの画面に表示された通話時間は一分にも満たなかった。

(出張なんて嘘に決まってる)

<em> </em>煮え切らない態度を続けて私が飽きるのを待っているのだろう。こんな男ふってやればいい、なんて私が若ければそう思ったかもしれない。付き合ってまだ一年ほどしか経っていないが、私も三十五歳。どうしても打算的な気持ちが働いてしまう。この歳になってくると新しい出会いはなかなか期待できなかった。

<em> </em>次の日、私は彼のマンションの前にいる。昨夜悶々と考えたが、不安を解消するにはこれしかなかった。万が一彼にばれたとしてもこっそり部屋の掃除をしてあげたかったと言えば良いだろう。彼の部屋に向かい、合鍵で中に入った。玄関脇の靴箱の上にクマのぬいぐるみが置いてあった。以前彼と旅行に行ったときに一緒に買ったものだ。まだ置いてくれていることに少し安心したものの、しかしすっきりと片付いている部屋に違和感があった。がさつな性格の彼がここまで綺麗な状態にしているのは珍しい。部屋に上がり、あたりを注意深く見回す。何だか探偵になった気分だ。

<em> </em>そして、早速見つけてしまった。

「これ、私のじゃない」

<em> </em>テレビ横の小物入れに化粧水があった。それも、女物。予感はしていたけれど、改めて私の頭の中に浮気の二文字がはっきりと浮かんだ。帰る前に、玄関の扉にテープをはさんだ。誰かが入ればテープが落ちることになる。明日の同じ時間にまたこの部屋に寄ることに決めた。

<em> </em>翌日。

(やっぱり)

<em> </em>予想通りの結果に落胆した。私が扉を開けずともすでにテープが落ちていた。彼自身が帰ってきている可能性もゼロではないだろうが、どうしても嫌な予感を拭えなかった。玄関に足を踏み入れたものの部屋に上がる気になれず、靴箱の上のぬいぐるみを手に取った。これを利用するしかない。持参してきた監視カメラが内蔵されているクマのぬいぐるみと取り換えた。

<em> </em>数日後。明日は彼が出張から戻る日だ。夕方仕事を終え直接彼の部屋に向かった。玄関の扉をそうっと開け、カメラ付きのぬいぐるみを鞄にしまい込み、元のぬいぐるみを戻した。自宅に戻って早速監視カメラの動画を再生する。しばらく視ていると、玄関の扉が開き女が入ってくる姿が映し出された。画質が荒く詳細は分からないが、私よりも若く見える。女は二時間ほど滞在して帰っていった。

<em> </em>もう腹を括るしかなかった。

<em> </em>翌日、私は彼の家を訪れた。インターホンを押したが返事はなく合鍵で部屋に入った。彼はまだ帰ってきていないようだ。玄関の前に座り込んだ。直接問い詰めてやる。

<em> </em>一時間ほど経って玄関の扉が開いた。目の前に彼と、女が現れた。あの動画の女だろうか。女の甲高い叫び声が響く。負けじと私も声を張り上げた。

「ねぇ、その女誰よ」

<em> </em>女が彼の腕にしがみついた。彼は女を守るように一歩前に立ち、私を睨んだ。

「いい加減にしてくれよ」

「もしかしてこの人、まえ言ってたストーカー女?」

「そうだ。もうさすがにこれ以上許せない。警察呼ぶぞ」

<em> </em>ストーカー? 警察? この展開に頭がついていかない。

<em> </em>私は玄関に突っ立ったまま彼と女を見つめることしかできなかった。

(了)