阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「一〇二四」アンナ・カリィ
はい。
はい? あの、すいません、多分人違いです。
だから、別の部屋と間違えてますよ。うちじゃないです。
うちじゃないって言ってるんですよ。私、電話してって頼んだおぼえないし、まだ朝の、四時前じゃないですか。暗っ。誰か知りませんけど、多分別の部屋なんで、そこにかけてもらっていいですか。
はい? 一〇二四ですけど。
はい、もういいですか、はい。
はい? 何の用ですか?
だから、人違いだって言ったじゃないですか。こんな時間、まだ四時回ったところですよ、こんな、まだ日も出てない時間にモーニングコールしろなんて頼んだ客は、私じゃないんです。
だから言ったでしょ、一〇二四です。
知りませんよ、隣かその隣に、豆腐屋さんでも泊まってるんじゃないですか? もうほんとに、切ります。はい。
あの、これって私が起きるまで続くんですか?
だから、一〇二四です。
豆腐屋じゃないです。そんなとこ引っかからないでよ。一〇二だからとか、そういう意味じゃないんで、なんで例えたこっちが恥ずかしくなるんですか。新聞配達でもいいですよ。豆腐屋だったら、最後は八ですからね。もうほんと眠いんで、切りますね。待って、あなたこのあと、一〇二八にかけようとしてますよね? それだけはやめて。それは私が共犯者にもなってきますから。じゃあもう寝たいんで、はい。
ああ、あと八秒でかかってくる。
四。
三。
二。
はい。そうです一〇二四です。一〇二八にはかけてないようで安心しました。
あの、モーニングコールを頼んだ人って、五分刻みで時間を指定してきたんですか? 普通に断ったほうがいいですよ。ホテルマンにスヌーズ機能を求める客は出禁にしないとだめです。
そうですよ、ほんとにそう思います。
この時間にもいろいろ仕事があるんでしょう?
なんでこっちが間をもたせようとしでるんですか。
だから、フロントの方が部屋番号を聞き間違えたんじゃないですか?
え? ほんとに、私の部屋で、電話を取ったのもあなたなんですね? いやいや、声色っていても受話器ごしなんで。あの、一つ聞いてもいいですか、このホテルに、一〇二四、いや、やめておきます。
はい、すみません。はい。
待って。私の部屋、内線電話、フロントマン、今は、四時一二分。え待って? 一〇二四号室は、ほんとうは、いや。あるいは、あのフロントマンがいない? それはそれで怖いけれども。私は? 昨日フロントに電話した人は? さっきまで電話してた人は? どうして私は、天井と会話をしているんだろう。いいや、目の前に天井があったことを感謝すべきなんだ。人間社会に、天井つきの建物に住まう文化があってよかった。でも、怖いより今は眠いが勝っている気もする。いったん寝る? どう思う? あなた(天井)に聞いてるよ。寝て、昼前にチェックアウトすれば、もう関係ない。関係ないよね? よし、寝よう。
はい?
はい、そうですけど、あれ、昨夜の、今朝の、いやなんでもないです。今度はどうしたんですか。
ちょっと待ってください。八時か。八時ですよね? このモーニングコールは、はい、私が頼んでました。ありがとうございます。じゃあ、失礼します。
まぶし、くない。カーテンを開けてもまぶしくないなんて。今日は雨か。
(了)