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阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「俺の島」出崎哲弥

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第73回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「俺の島」出崎哲弥

 「……ぉおい」

 ――誰かが呼んでいる。

 俺は目をうっすら開けた。見知らぬ男のいかついヒゲ面が逆光で目の前にあった。

「おお、気づいたか」

 男は両手で俺の頬をペチペチ叩いた。

 俺は砂浜に寝ていた。寄せる波が腰から下を洗う。強い日差しに目がくらむ。男の手を借りて上半身を起こした。

「助かったんだ……」

 大きく息を吸い込んだ。

「やっぱり日本人か。奇遇だな」

 男にそう言われてやっと頭が動き始めた。(奇遇……そうか、故国に辿り着いたわけじゃないんだ。当たり前だな。遭難したのは南洋なんだから)

「漁師か?」

 男が訊く。俺は頷いた。

「ここは?」

「俺もよくはわからない。勝手に北島と呼んでいるが」

「すると無人島ですか?」

「そうだ。俺たちがくるまでは、な」

「俺たち?」

「ああ、嵐に遭って貨物船が難破してな。三人、救命ボートで何日も流されてここに流れ着いた」

「それはいつごろのことです?」

「はっきりはしないが、もう三年にはなるだろう」

「三年!」

 助かった喜びがたちまちしぼんでいく。俺は男を観察した。日焼けした顔に刻まれたしわが苦労を物語って見える。服もぼろぼろだった。四十代だろうか。いや実際はもう少し若いのかもしれない。なら同世代ということになる。

 男に伴われて海岸沿いに歩いた。北島は見渡す限り岩ばかり。大きさはサッカーコートほどもなさそうだった。半周回ったところに住まいがあった。木と草で組み立てた掘っ立て小屋だった。

「水……は、もらえますか?」

 急に喉の渇きを覚えて頼んでみた。小屋の裏に湧き水が出ていると男から教わった。澄んだ冷たい水で俺は喉を潤した。

 腹が空いているだろうと、男は焼いた魚と芋をふるまってくれた。やっと人心地ついた。

「他のみなさんは? ……たしか三人、と」

「ここにはいない」

「え?」

「ほら、島が見えるだろ」

 男はあごを海へしゃくった。

 すぐ沖に同じくらいの大きさの島が三つ見える。北島を入れて四島を結ぶと正方形ができあがりそうだった。一辺二、三百メートルの、といったところか。男は順に南島、東島、西島と指し示した。

「あそこに?」

「そうだ。分かれて、な」

「なぜです?」

「……もともと俺たちはまったく馬が合わなかった。人と人だ、相性ってあるだろ? 乗組員の中でも三人は特に良くなかった。それが緊急事態でたまたま同じ救命ボートに乗った。そしてまずこの北島に漂着した」

「はあ」

「こんなときは何をおいても協力するものだ。はじめは三人ともそう考えた。救助を求める方法を考えたり、四つの島を探険したり。常に一緒だった。……けれど」

「うまくいかなくなったんですか?」

 俺の問いに男はため息で答えた。

「幸運が訪れない限り、おそらくこの生活が日常になる。そう覚悟したあたりから遠慮がなくなった。メッキがはがれるみたいに。そうなるともうダメだ。もともと相性が悪い上に三人とも気が荒いからな。争いが絶えなくなって、ついには反目しあうまでに……」

「それで別々に住むことに?」

「ああ、そのままでは血も流れかねなかった。それだけは避けようと話し合った結果だ。ジャンケンで好きな島を選ぶことにした。俺がまず北島を、あとの二人が順に南島、西島に決めた」

「それっきり行き来はなしで?」

「いや、水は北島にしかない。植物は土のある南島にしか生えない。魚は不思議と西島でしか釣れない。だからそこだけは持ちつ持たれつ物々交換。あとは完全に没交渉だ」

 そこまで聞いた俺の心に不安が広がった。

「あのぅ……私はこれからどうしたらいいでしょうか?」

 恐る恐る男に尋ねた。

「どうしたものかな。三人の誰かと気が合えば共同生活も不可能ではないだろう。ただ、それが無理となると……」

「残った東島、ですかね?」

「そうなる、か。何もない島だが……」

 俺は東島に目を凝らした。

(了)