第72回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「だてマスクはお守り」島本貴広
中学生にあがるといじめに遭って、不登校になった。家にいると母は、学校に行け、いじめっ子に負けるなとうるさい。父は嫌なら行かなくていいと言う。意見のちがいで両親がけんかすることは日常茶飯事だった。家じゃいつも自室にいた。
翼にとってのオアシスは拓也の家だった。ひとつ上だが幼い頃から遊び仲間で、テレビゲームで遊ぶのもサッカーで遊ぶのもすべて拓也に教えてもらった。不登校になってもバカにしたりせず遊びに誘ってくれて、兄のような存在だった。
そんな拓也に彼女ができそうだと母から意地悪く聞かされた。拓也のお母さんに聞いたらしい。翼は動揺した。もし、拓也に彼女が出来たらきっと今までのようにいっしょにいられなくなる。気が気じゃないが、拓也に問いただす勇気もなかった。
冬の日、外は雨も降っていていっそう寒かった。拓也の部屋でテレビゲームをして遊んでいる最中、拓也が「なあ翼」と話しかけて来た。
「なに?」
「なんで部屋でもマスクしてんの?」
「マスクしてると安心する」
「そうなの?」
いじめに遭ってからはマスクをつけることが多くなった。顔を隠せるから、じぶんを見られている気がしなくなり気持ちが落ち着いた。翼にはお守りのようなものだった。
「あと風邪とかうつさないで済むし」
「え、体調悪いのか?」
「ちがう」
思わず声が強くなった。拓也がこちらにちらりと視線を向ける。
「じゃあいらないだろ」
「拓也はしないの?」
「しない。息苦しくなるし」
ひと通り会話が終わると、また画面に集中し始める。キャラを操作してバトルステージから相手を吹っ飛ばし、残機がなくなったら負けの対戦アクションゲーム。拓也のほうが強かったはずだが、この日は翼が勝ち続けていた。
「ええ、またかよ。強くね、お前」
「そうかな」
拓也を見ると、悔しそうな顔をしていた。それを見て翼は得意げになる。もう一戦と拓也は他のステージを選んだ。
「昔は俺が一方的にボコってたろ」
「そうだったかな」
親がいない日中に練習しているのだ。不登校で時間があるからできることだった。それに拓也は思い至ったらしい。
「昼間ずっとやってんだろ」
翼ははっきりと返事をしなかった。あまりその話を広げて欲しくない。
「べつに、ちがう」
「なんだって? よく聞こえない」
威圧的な声の拓也はすこし怖かった。気持ちがくじけて、さらにボソボソとした話し声になった。
「まあいいや」
軽い舌打ちが聞こえて、心がさらにシュンとなる。コントローラーを握る手が弱くなって、操作しているキャラの動きがにぶくなった。その隙をつかれて、あっという間にステージ外へと吹っ飛ばされそのバトルは翼の負けとなった。
「そういやさ」と、不意に拓也が切り出した。
「俺、同じクラスの女子に告られたわ」
「え、まじ?」
ついに来たと思った。母の話はほんとうだった。うん、とうなずく拓也の横顔はいつもと同じだ。浮かれている様子も、悩んでいる様子もない。
「かわいいの?」
「まあ、かわいい方だな」
へえ、そうなんだと平静を装って返すが内心は焦っていた。拓也だってかわいい子が好きに決まっている。当たり前のことだと思った。
「でも、ゲームやらねえやつだから付き合うとかはねえな」
「ゲーム?」
「そ、ゲーム。俺はゲーム好きな子がいい」
翼のことを好きだと言っているわけではないとわかっていた。それでも、うれしさがこみ上げて来る。まだこのままでいられるんだ。顔が熱く感じた。きっとマスクの下は真っ赤でみっともない顔をしている。見られなくてよかった。やっぱりこれはお守りだな、なんて思ってそっとマスクがズレているのを直した。
(了)