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阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「女子高等学校入学式」みーすけ

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第71回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「女子高等学校入学式」みーすけ

「母親なのに、マジ、信じらんない!」

 私は真新しい制服を睨みながら心の中で叫んでいた。今日は高校の入学式、天気も抜群だ。それなのに私の心は土砂降りの雨ザーザーだった。

「どうしても仕事を休めないのよ。だから入学式には一人で行ってね。」

 母からそう言われたのは中学の卒業式の日。高校の入学式に出られない代わりに中学の卒業式には出席するという言い訳だ。それでも何とかしてくれるんじゃないか? 会社の上司に「お嬢さんが可愛そうだから休んであげなさい。」って言って貰えるんじゃないか?そんな淡い期待を持ちながらこの数週間を過ごしてきた。そして今朝。母は私よりも少し早く家を出た。

「じゃあね。悪いけど、ごめんね。気をつけて行ってきてね」

 急いで立ち去る母。残された私は何だかフワフワした気持ちになっていた。本当に私は一人で入学式に行くのだろうか? このまま動けないんじゃないか? 休んでしまおうか? 色々な気持ちが交錯するがやはり行かなければならない。分かっている事だ。私は初めての革靴に足を入れ、玄関を開けた。何もかもが真新しいのに、全然嬉しくなかった。本当に台無しの朝だ。

「新入生はクラスごとに並んでください。ご父兄の皆様はお子様の横に立ってください。」

 学校に着くと直ぐに惨めな思いをしなければならなかった。私立女子高校だ。やはり父兄が付き添っていない生徒なんて見当たらない。私は妙なプライドから、寂しさなんて見せたくない!と、一人憤りながら校庭に並んだ。校長先生からの言葉が終わると、私達は教室へ向かった。勿論父兄も一緒にだ。教室ではさすがに父兄は後ろで横並びに立っている。ちょっとだけ安堵した瞬間だった。

「この後は生徒さんだけ近くの公園へ移動します。そちらで記念写真を撮って本日は解散となります。ご父兄の皆様は別行動となりますので、ご承知おきください」

 やった! やっと皆と同等になれる。私の惨めな時間もこれで終わりだ。そう思ったのも束の間だった。

「その前に生徒さんに記入してもらいたい書類がございます。分からない部分もあると思いますので、どうぞご父兄の皆様、お子さんの側にいらして下さい」

 最後の最後で打ちのめされてしまった。ご父兄がいないお子さんだっているんだよ! 心の中で悪態をつきながら周りをこっそり見た。そんな子、私だけじゃないか。先生もまさか入学式の日に一人で来ている生徒がいるなんて思わないんだろうな。とにかく私は書類に集中する事にした。こういうのは凄く苦手だ。案の定、分からない所があるけれど、ここで先生を呼んだら私が一人だって事が尚更目立ってしまう。

「大丈夫?分からない所ない?」

 そう声をかけてくれたのは隣の席に座っていた佳子さんだった。見るからに優しそうなお母さんと一緒だ。私が一人なのをずっと見ていたのだろう、心配をして声をかけてくれた。私は素直に分からない所を聞いて、書類を書き終えた。公園へ向かう途中、佳子さんと色々な話をして一気に仲良しになった。並んで記念写真を撮る時には佳子さんと大きな笑顔で写る事が出来た。そして帰り際、明日の朝の待ち合わせをして元気にバイバイをした。

 帰りの電車で私は色々な気持ちに襲われた。朝からの惨めな気持ちや緊張などによる重苦しい疲労感が沢山、佳子さんと仲良くなれた心地よい疲労感が少し、大きな出来事をやり切ったという達成感が沢山。そう、私は今日から高校生になって定期券を持ったんだっけ。そういうちょっと大人になった気分をやっと味わいながら改札を出た。

「みっこ!」

 私を呼ぶ声に驚いて見ると、姉が立っていた。

「えっ、どうしておねーちゃんがいるの?」

「みっこ一人で心細かったでしょ? ご褒美に何かご馳走をしようと思って待っていたんだ」

 今日が短大のオリエンテーションだった姉。私が何時にこの改札を通るかも知らないのに、ずっと待っていてくれたのだ。私達は小さい頃からとても仲の良い姉妹だ。だから姉は私が人見知りで新しい環境が大の苦手なのも良く知っている。

「一人でよく頑張ったね!」

 姉の言葉に私は破顔して泣き出した。ずっと胸に溜まっていた苦しいモヤモヤが、ストンと落ちる感じがした。私は姉と腕を組んでご褒美のご馳走を食べに歩き出した。

「ただいまぁ。」

「あら、二人揃って。待ち合わせをしたの?」

 呑気な顔で母は言う。ちょっとむかついた私は、そうじゃなくてお姉ちゃんが気を遣って待っていてくれたのだと言おうとした。だがその前に姉が私を制して言った。

「うん、待ち合わせをしたの。ねっ!」

 さすが長女だ。母親への心遣いも忘れない。

(了)