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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「大切な約束」かく芙蓉

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第71回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「大切な約束」かく芙蓉

 ぼくは橋の真ん中で、今日おばあちゃんと会う予定の人を待っていた。おばあちゃんは、

「来月の二日にね、むかーしからのお友達の、節子さんとお茶に行くの。楽しみだわ」

 そう言ってぼくの頭をなでた。おばあちゃんは節子さんに会うのがよほど楽しみだったのか、一か月近くも前から色々なお洋服をぼくに見せて、

「ねえ、リュウ。どっちのほうが似合う?」

 なんて言いながら、ファッションショーをしてくれたりもした。ぼくは洋服のアドバイスなんかできないから、困った顔をしておばあちゃんを見つめることしかできなかったけど、それでもおばあちゃんは嬉しそうだった。

「十一月二日の十二時に、桜橋の真ん中で会いましょうって約束したの。今の季節なら、あそこから富士山と紅葉がキレイに見えるのよ。待つ時間だって楽しみの一つでしょ」

 おばあちゃんの言う通り、橋からは雪を被った富士山と、川の水面に浮かぶ真っ赤な紅葉が見えた。おばあちゃんにも、見せてあげたかったな……と思う。

 おばあちゃんは先週、心臓発作を起こして死んでしまったのだ。一緒に暮らしているお父さんとお母さんは悲しんで、おばあちゃんと節子さんの約束なんかすっかり忘れていた。だから、ぼくが代理で行くことを決めたのだ。

 川向こうの建物の時計の針は、十一時五十五分を指している。あと五分だ。節子さんらしき人はまだ来ない。橋のどちら側から来るのかよくわからないので、ぼくはきょろきょろと節子さんを探した。道行く人たちは、不思議そうな顔をしてぼくを見ている。ふと気がつくと、ぼくの背後にねこがいた。ねこはぼくをちらっと見ると、その場に座り込み落ち着いた様子で辺りを見回している。

(まさか……)

「君、節子さんの知り合い?」

 ぼくは思い切って、ねこに声をかけてみた。ねこがぼくを見て答える。

「おれは節子さんの家族だ。節子さんは先月突然倒れて死んでしまった。大好きなお友達の和子さんと、今日会うのをとても楽しみにしていたんだ」

「ぼくはおばあちゃん……じゃなくて、和子さんの家族。和子さんも、節子さんと今日会う約束をすごく楽しみにしてたけど、先週死んじゃったんだ。だから、今日は代理で来た」

 ねこは「そうか」とつぶやいた。

「代理同士で会えたのなら良かった」

「きっと天国で、和子さんと節子さんも再会を楽しんでいるよ」

 ねこがそのまま立ち去ろうとしたので、ぼくは呼び止めた。

「待って。君、家族はいるの?」

「節子さんは、おれしか家族がいなかったから、今は一人ぼっちだ。元々は野良猫だったし、死なない程度に暮らしていけるさ」

 ぼくはあることを思いついた。

「君、ぼくの家に来ない? ぼくのお父さんもお母さんも、動物が大好きなんだ。ねこも飼いたいってよく言ってる」

 ねこの瞳がかがやいた。

「本当にいいのか?」

「いいよ。今思い出したんだけど、おばあちゃんと節子さんの写真が部屋にあって、節子さんの膝の上にねこがいたんだ。あれ、君だよね。ぼくの家族はみんな、君のことを大歓迎するよ」

「すまないな」

 ねこはぼくの後をついて歩き出した。もうじきぼくの家が見えてくる。

「あんたの家族が許してくれなかったら、近くで暮らすよ。あんたと会えるしな」

「絶対に大丈夫!」

 ぼくは力強く言う。ねこが感心したようにぼくを眺めた。

「しかし、あんたも和子さんのことが大好きだったんだな。トイプードルが家から脱走するなんて、大変だったろう」

「まあねー」

 家の前に来ると、真っ青な顔をしたお母さんが、ぼくたちにかけよった。

「リュウ! どこ行ってたの? あなたまでいなくなったら、どうしようかと思ったわよ」

 お母さんはなみだをうかべながら、ぼくを抱き上げる。

「あら、お友達?」

 お母さんはねこを見た。ねこがお母さんを見上げ、「にゃあ」と鳴く。

「お利巧な子ね。道に迷っちゃったのかしら。うちにいらっしゃい。おやつをあげるわ」

 お母さんはねこをやさしく迎え入れる。お母さんが、おばあちゃんと節子さんの写真を見て、ねこに気づいて腰をぬかすのは、いつになるだろうか。

(了)