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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「フォーエバー」朝霧おと

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第70回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「フォーエバー」朝霧おと

 どこにやったのか全く記憶がない。この十年で二度引っ越したので、そのときに捨ててしまったのかもしれない。

 結婚の記念に作ったオリジナルワインは、ふたりの写真入りのラベルを貼ったもので、当時五十人ほどの知人友人に配った。

 実家の母に電話をしてみた。

「そんな昔のものあるわけないじゃない。飲まなかったの?」

 にべもなく言われた。

「あることすら忘れていたんだけど、急に必要になったのよ」

「必要って……あのワインが? どうして?」

「うん、ちょっとね」

 あまりつっこまれたくない私は、そそくさと電話を切った。

 結婚して十年。結婚前にはわからなかったことがいろいろと見えてくる。

 夫の見栄っ張りでいいかっこしいのところが好きだった。デートの食事はすべておごってくれた。サービス精神旺盛でマメ。最初その気のなかった私はたちまち彼のとりこになってしまった。

 結婚後もそれは続くものだと思っていたが甘かった。釣った魚にえさはやらないというポリシーなのか、夫のマメさは他の女性に移った。

 こんなはずではなかったと、夫をつなぎとめるため私なりに努力した。妊娠中、彼の浮気が発覚したとき、離婚という文字がよぎったが、生まれてくる子どものためにがまんした。その子どもはもう小学生だ。

 私は自分の未来を思い絶望した。こんなことの繰り返しを一生やっていくのか。それは今から何十年やればいいのか。彼がじいさんになれば終わるのか。それとも、彼は死ぬまで私を裏切り続けるのか。そして自分はこれから先もずっと耐えるのか、と。

 結婚した夜、ワインを前に私と夫は約束をした。

「十年後の結婚記念日にこのワインを開けよう」

「それはいいアイデアね。十年後、熟成されてきっとおいしくなってるわ」

 その記念日が一週間後に迫っていた。私はかたっぱしから友人にワインがあるかどうかたずねた。

「そんなものもらったかなあ……」

「わからない」

 記憶にない、という返事が多かった。人からもらったワインに思い入れなどあるわけがない。それでも一本くらいあってもよさそうなものなのに、という思いはあった。

 あきらめていたところ、記念日の前日に友人のひとりから連絡がきた。

「あなたに言われて床下収納庫を調べたらあったわ。ラベルにあなたたちの写真があったからすぐにわかった」

 私は礼を言って、その夜、取りに行った。

「お、ワインか。めずらしい。おや? これって」

「あのときのワインよ。十年後、開けるって約束したの、覚えてる?」

「そういえば……今日は結婚記念日だったんだ。よく覚えていたね」

 女と会ってきたその口で、夫はうれしそうに言い、グラスを持った。

「ちょっと待って。その前に……」

「なんだよ、もったいぶっちゃって。ま、これからもよろしくってことで」

「だから、待てって言ってるじゃない」

 私の剣幕に驚いたようで、夫は「はいはい、なんですか」と言ってへらへらと笑った。

「離婚を要求いたします。あなたのお給料なら慰謝料三百万、養育費月六万円ですって。少ないけど、まあいいか」

 夫は呆然とした。

「浮気の証拠はちゃんとあるのでしらばっくれても無駄だから。弁護士にも相談済みよ」

 この日をどれほど待ったことだろう。結婚生活十年の間に夫が変わるかもしれない、と一縷の望みを抱いて生きてきたが、それももう終わりだ。

「だからこれは離婚記念日のワインなの。乾杯しましょう」

 夫のグラスに赤いワインをなみなみと注いでやった。

「さあ、飲んで」

 私が強く勧めると夫はしぶしぶ飲んだ。飲んですぐに夫の顔が歪んだ。

「クソ不味い。飲めたもんじゃない」

 ラベルに書かれたフォーエバーの文字も、まだ若い私たちの顔も色あせている。熟成どころか、日がたつにつれて劣化していたのだ。私たちの結婚生活みたいに。

 夫は自分のミスにやっと気づいたようで顔面蒼白だ。謝罪とともにやり直しを懇願するのか、それとも私の要求を受け入れ新たな女の元に走るのか。もし夫が心底後悔しているのなら許してもいい。

 私は性懲りもなくそう思う自分に辟易した。

(了)