阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作 「ラベルを貼るだけのかんたんなお仕事」朝田優子
私は神になった。いつから、なぜ、どういう経緯で神になったのかは全く思い出せない。神になる前の記憶はおぼろげだが、おそらく人間だった気はしている。いずれにしても私はいま自分が神だということだけをはっきり自覚している。
あたりを見回すが、白い霧がかかっておりこの場所がどこかは分からない。温度は感じない。不安も感じない。すると突然、私の目の前に先輩の神が現れた。神に先輩という概念は不自然かもしれないが、私にはこの神が自分よりも先輩であるということが自然と理解できた。
「さて、あなたには早速神としての仕事をしていただきます」
「はぁ」
「人間達にラベルを貼る仕事です」
「はぁ。ラベルとはなんですか」
「人間は生まれた瞬間、我々によってその性格が決まります。我々は性格のラベルを人間の赤ん坊に付与するのです」
「どんなラベルがあるのですか」
「親切な人だとか几帳面な人だとか、挙げきれないほど多種多様です。選別はあなたにお任せします。どうです、簡単な仕事でしょう」
先輩の神はそう言って分厚いファイルを手渡してきた。ページをめくると、そこには「優しい人」「短気な人」「臆病な人」といった言葉が羅列されている。
「わかりました」
先輩の神は頷くと私の前から消え去り、白い霧の中から赤ん坊の映像が現れた。人間界の、どこかの国の、どこかの病室のようだ。赤ん坊が泣いている。私はこの赤ん坊に性格のラベルを貼れば良いのだろうが、その方法は分からない。とりあえずリストを眺め、目についた『穏やかな人』という性格にしようと心に決めた。その瞬間、小さな丸い光が赤ん坊の眉間に突き刺さった。どうやら、自分が心の中で決断するだけで性格が決まるようだった。
以来、時折目の前に生まれたての赤ん坊の映像が現れるようになった。その度に私はリストに書かれている言葉を上から順番にあてがっていった。
しばらく機械的に作業を続けていたが、ふと目についた『犯罪者』という言葉にひやりとした。これでは私のせいで人間界に犯罪者が生まれてしまう。私はこの性格を避け、その下に記載されている『優柔不断な人』という言葉をあてがった。リストをよくよく見てみると、『猟奇的な人』、『攻撃的な人』、といったネガティブな性格も多く含まれているようだ。私は誤ってこれらを付与しないように、危険と思われるものを黒く塗りつぶした。『負けず嫌い』、『怒りっぽい』、といった特性を端から削除し、そして『明るい人』、『大人しい人』、といったラベルを赤ん坊に与えていった。
数百年後。人間がほぼいなくなった。
私が人間にラベルを貼る仕事を始めてから百年ほど経つと、人間が他の動物を食べる文化がなくなった。人間はいかなる生き物も攻撃せず、次第に生態系が変化していった。熊や虎といった凶暴な肉食動物がはびこり、人間を襲うようになった。しかし人間は、たとえ身の危険が迫ったとしても相手を傷つけてまで自分を守るという概念を持たず、次々と亡くなっていった。
人間が絶滅するのも時間の問題だろう。
私は再び目の前に現れた先輩の神に相談した。
「人間が滅びてしまいそうです。私のラベルのつけ方が悪かったのでしょうか」
「君にこの仕事は向いていなかったようですね」
「すみません」
「いいえ、君は悪くありません。私が原因です。君の性格のラベルを貼ったのは私ですから」
「どういうことですか」
「私の仕事は神にラベルを貼る仕事なのです。君も決められた性格を持って生まれてきたのですよ」
「ではあなたの性格も誰かがあなたにラベルを貼ったのですか」
「そういうことです」
ではその神にラベルを貼った神も存在するということか。その連鎖はどこまで続くのだろう。
「考えても仕方のないことを考えるのはやめなさい。あなたにはまた別の仕事を与えますから」
そう言われて私はすぐに考えるのをやめた。
「わかりました、もう考えません。ちなみに私はどんな性格なのですか」
「素直な平和主義、という性格です」
(了)