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阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「女と男」瀬島純樹

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作文・エッセイ
結果発表
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第69回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「女と男」瀬島純樹

「テレビのリモコン、どこかな」と男がソファーに寝ころびながら聞いた。

「テーブルの上じゃない」と女は答えた。

 男は、たいぎそうに頭をもたげて、テーブルの辺りを見渡した。

「おい、ないよ」

「また、隠れたんだわ」女は居間に入って来ると、心配そうな表情を浮かべて、

「ここのところずっと、変なのよ、リモコン」と付け加えた。

「なにが、変なんだ」

「気に入らないことがあるみたいで、すぐ隠れるのよ」

「オレには、そんなことはないけどね」

「あなたには、いい顔しか見せてないのよ」

「へえ……」

「あたしには、嫌がらせをするのよ」

「そんなリモコンなら、買い替えればいいじゃないか」

「そんなに、簡単にはいかないわよ」

 女は、家電ショップに行ったとき、店員から聞いたという話をした。

 いくら新しいものに買い替えても、事態は変わらない。むしろ、今使っているリモコンと折り合いをつけて、働いてもらった方が、結局お得ですと言われた。

「新しいものを、むやみにすすめるんじゃなくて、ものを大切にする、とってもいい感じの店員さんだったわ」と女はにんまり。

 黙って、聞いていた男は、

「ふん、いい加減なこと言う店員だな」とぼやきながら、起き上がった。

「その時にね、店員さんが、面白いこと教えてくれたのよ」と女が意味ありげに。

「どんなこと」

「リモコンにも、女と男があるらしいの」

「まさか」

「わたしも、吹き出しかけたけど、考えてみると、思い当たることがあるのよ」

「おまえこそ、大丈夫なのか」と男はため息をつく。

「正気よ、あたしの読みでは、テレビのリモコンは女で、エアコンのは男よ」

 女の話では、ついこの間まで、どちらのリモコンも、なんの支障もなく普通に使えていたのに、ある日を境に、急に調子がわるくなった。

 その日は、居間の天井の照明の取替えの日だったが、工事が終わるころに、急に雨が降り出し、稲妻が走り、雷鳴がとどろいたと思うと、急に停電になった。テレビ画面の映像がパッと消え、エアコンもピタッと止まった。

 間もなく雨は上がり、停電はすぐに復旧した。

 入れ替えたばかりの天井の照明は、専用のリモコンをオンにすると、すぐに反応して、部屋を新しい光で満たした。  

 その時から、テレビのリモコンの調子がおかしくなった。

「あたしの勘では、照明のリモコンは女だと思うんだけど」

「そうかなあ」と男は照明のリモコンを手に取って、いじってみながら、

「どこも、女って感じはないよ」

「そんなんじゃなくて、あの日に出会って、エアコンのリモコンは照明のリモコンにひとめぼれしたみたい。だから、テレビのリモコンはやきもちをやいているのよ」

「三角関係か」

「そう、それよ。エアコンのリモコンをオンにすると、照明が点いたり、その反対もあるの」

「それは困るぞ。どこか配線に不都合でもあって、ショートでもして、大変なことになりかねないぞ」

「ショートで思い出したわ、あの日、初めて照明をつけたとき、エアコンのコンセントから火花が散ったわ」

「おい、それは欠陥工事だよ」

「そうかしら」

「どこに工事をたのんだんだ」

「いつもの家電ショップよ」

「工事の間は、ちゃんと見てたのか」

「ええ、見てたわよ」

「おかしいと思ったら、その場で言わないと、手抜き工事されるぞ」

「今までに、そんなことなかったわ」

「よし、オレがみてやる」と男は立ち上がった。

「あら、ずいぶん珍しいわね。じゃあ、まずエアコンから見てよ」

「了解、火事にでもなったら大変だ」と男はエアコンを調べ始めた。

「男を動かすのって、大変よ」と女はつぶやいて、エプロンの下からテレビのリモコンを取り出すと、テーブルの上に、そっと置いた。

(了)