阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「女と男」瀬島純樹
「テレビのリモコン、どこかな」と男がソファーに寝ころびながら聞いた。
「テーブルの上じゃない」と女は答えた。
男は、たいぎそうに頭をもたげて、テーブルの辺りを見渡した。
「おい、ないよ」
「また、隠れたんだわ」女は居間に入って来ると、心配そうな表情を浮かべて、
「ここのところずっと、変なのよ、リモコン」と付け加えた。
「なにが、変なんだ」
「気に入らないことがあるみたいで、すぐ隠れるのよ」
「オレには、そんなことはないけどね」
「あなたには、いい顔しか見せてないのよ」
「へえ……」
「あたしには、嫌がらせをするのよ」
「そんなリモコンなら、買い替えればいいじゃないか」
「そんなに、簡単にはいかないわよ」
女は、家電ショップに行ったとき、店員から聞いたという話をした。
いくら新しいものに買い替えても、事態は変わらない。むしろ、今使っているリモコンと折り合いをつけて、働いてもらった方が、結局お得ですと言われた。
「新しいものを、むやみにすすめるんじゃなくて、ものを大切にする、とってもいい感じの店員さんだったわ」と女はにんまり。
黙って、聞いていた男は、
「ふん、いい加減なこと言う店員だな」とぼやきながら、起き上がった。
「その時にね、店員さんが、面白いこと教えてくれたのよ」と女が意味ありげに。
「どんなこと」
「リモコンにも、女と男があるらしいの」
「まさか」
「わたしも、吹き出しかけたけど、考えてみると、思い当たることがあるのよ」
「おまえこそ、大丈夫なのか」と男はため息をつく。
「正気よ、あたしの読みでは、テレビのリモコンは女で、エアコンのは男よ」
女の話では、ついこの間まで、どちらのリモコンも、なんの支障もなく普通に使えていたのに、ある日を境に、急に調子がわるくなった。
その日は、居間の天井の照明の取替えの日だったが、工事が終わるころに、急に雨が降り出し、稲妻が走り、雷鳴がとどろいたと思うと、急に停電になった。テレビ画面の映像がパッと消え、エアコンもピタッと止まった。
間もなく雨は上がり、停電はすぐに復旧した。
入れ替えたばかりの天井の照明は、専用のリモコンをオンにすると、すぐに反応して、部屋を新しい光で満たした。
その時から、テレビのリモコンの調子がおかしくなった。
「あたしの勘では、照明のリモコンは女だと思うんだけど」
「そうかなあ」と男は照明のリモコンを手に取って、いじってみながら、
「どこも、女って感じはないよ」
「そんなんじゃなくて、あの日に出会って、エアコンのリモコンは照明のリモコンにひとめぼれしたみたい。だから、テレビのリモコンはやきもちをやいているのよ」
「三角関係か」
「そう、それよ。エアコンのリモコンをオンにすると、照明が点いたり、その反対もあるの」
「それは困るぞ。どこか配線に不都合でもあって、ショートでもして、大変なことになりかねないぞ」
「ショートで思い出したわ、あの日、初めて照明をつけたとき、エアコンのコンセントから火花が散ったわ」
「おい、それは欠陥工事だよ」
「そうかしら」
「どこに工事をたのんだんだ」
「いつもの家電ショップよ」
「工事の間は、ちゃんと見てたのか」
「ええ、見てたわよ」
「おかしいと思ったら、その場で言わないと、手抜き工事されるぞ」
「今までに、そんなことなかったわ」
「よし、オレがみてやる」と男は立ち上がった。
「あら、ずいぶん珍しいわね。じゃあ、まずエアコンから見てよ」
「了解、火事にでもなったら大変だ」と男はエアコンを調べ始めた。
「男を動かすのって、大変よ」と女はつぶやいて、エプロンの下からテレビのリモコンを取り出すと、テーブルの上に、そっと置いた。
(了)