阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「リモコン・ザッピング」白浜釘之
「……いよいよ魔王の城ね」
美しき女戦士ソフィアは禍々しくも威容を誇る悪の魔王ゾッドの棲む城砦を見上げた。
そんなソフィアに、従者である長身の美青年、キースが背後からそっと声を掛ける。
「セーブしますか?」
「はい」
当然のようにソフィアがそう答えた瞬間、世界は暗闇に閉じこめられる。
父がリモコンでテレビの電源をオフにしたからだ。
「ちょっと、お父さん!」
ゲームソフト『ワルキューレ・ソフィアの冒険』の世界から急に現実に引き戻された娘は、当然のように父親に文句を言った。
「いきなり消さないでよ!」
「何言ってるんだ、ゲームは一日二時間までって約束しただろ。それにもうこんな時間だぞ、早く寝なさい、だいたい、女の子のくせにゲームに夢中になるなんて……」
「わー、女の子のくせに、だって。お父さん、それって差別発言!」
娘は父に悪態をつきながら、今度はスマートフォンの画面を開き、また別のゲームをやりながら自分の部屋に戻っていった。
「まったく、文句だけは一人前なんだから」
父親はそう言いながら、娘が部屋から出て行ったのを確認すると、そっと戸棚に隠してあったエッチなソフトを取りだす。
「やっぱり夜はオトナの時間でしょ」
そしてソフトを起動させようと再生機器に入れたところで、リモコンのスイッチが押された。画面が真っ暗になる。
「……私、この役者嫌い。スケベな役ばっかりやってるし、私生活でも結構スキャンダルが多いみたいだし」
テレビを消した妻の辛辣な意見に、
「そうかな、僕は結構面白いと思うけどな。劇団出身の苦労人でどんな役でも断らないからヘンな役が多いけど」
夫が件の役者の肩を持つ。
「とにかく、私は嫌いなの」
「…………」
妻がぴしゃりと決めつけると、気弱そうな夫はそれ以上何も言わずに引き下がる。
そこでリモコンによって画面が切り替わり他の家が画面に映し出される。
「……やっぱり、この俳優をわが社のコマーシャルに使うのはやめた方がいいな」
夫婦の会話を画面を通して聞いていた某電子機器メーカーの幹部が呟いた。
「そうですね。わりと人気があると思っていましたが、どの家庭でも主婦層に人気がないのははっきりしましたからね」
部下も頷く。
「それにしても、この超小型カメラをわが社の電化製品にこっそり取り付けることでこうして様々な家庭の事情が分かるなんてすごい時代になりましたね」
「このことはくれぐれも内密にな。こうしてリモコン一つですべての家が覗き込めるなんてことが知られたら国中パニックになる。このことが政府にでも知られてみろ……」
……そこでその画面を映していたリモコンのスイッチを一旦切って、
「いかがですか?」
と政府の要人たちを前に件の電子機器メーカーの社長は胸を張る。
「わが社の製品に取り付けられたカメラのお陰でこの国のすべての家を、というわけです。これからはマスコミの偏向のかかった世論調査や怪しげなネットの情報に惑わされることもなく、リアルタイムでそれこそ国民一人ひとりの意見を直に聞くことができることになります」
「しかし、君、これは犯罪行為ではないのかね。まるでどこかの国の独裁者のように」
「見つかればそれは犯罪かも知れませんが、そうしたところで所詮はただの覗きです」
社長はリモコンでまた画面を映し出して、先ほどの部下たちを指差し、
「現場の連中に責任を取ってもらえばいいんですから……かの国の独裁者だってそうしているじゃありませんか」
と不敵に笑った。
そこで不意に会話は途切れる。
「……くだらんドラマだ」
そう吐き捨てて視聴者がリモコンでモニター画面を消したからだ。
「……敵側諸国はこんな番組を作って私のことを批判しているつもりなのかもしれないが、国民どもが陰で何を言っているか聞かねばならんのだから、私がカメラで彼らを監視するのは当然だろうが」
そう言ってこの国の支配者……独裁体制を敷き、世界を敵に回して国の内外で悪の魔王と陰口を叩かれているゾッドは憮然とする。
「……いよいよ魔王の城ね」
美しき女戦士ソフィアはそんなゾッドの棲む禍々しくも威容を誇る城砦を見上げた。
(了)