阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「テレビの前の攻防」飯田狼
私は仕事を終えて真っ直ぐに帰宅した。コロナウイルスが流行している昨今、同僚と酒を飲むのもままならない。
女房は外出しているらしい。娘が同居していた時には、世間並みに賑やかな一家団欒などもあったりしたが、娘が嫁いでからは、夫婦の会話が無くなり居心地に悪い家になった。だから、女房が居ない方が落ち着ける。
私は台所の冷蔵庫から缶ビールを取り出し、居間へ行く。居間のテレビがついたままになっている。テレビでドキュメンタリーらしい海の映像が流れている。テレビの前のテーブルの上に、女房が可愛がっているシャム猫が画面に釘付け。いくら美味そうな魚でも、画面の中の魚ではどうすること事も出来ないのだが、今にも飛び掛かりそうな形相で、馬鹿猫は、画面の魚を睨み付けている。
私は居間のソファーに座り缶ビールを開ける。仕事終わりのビールは実に美味い。馬鹿猫は、私を無視して尻を向けたまま。
私がテーブルの上のリモコンに手を伸ばすと、馬鹿猫は素早く私より先に、リモコンを手で押さえ付けた。
「こ、こいつ。猫のくせに生意気な」
私が馬鹿猫の足を払い除けようとすると、馬鹿猫は私に「フウ~ッ!」と、牙をむく。この家の主は私である。馬鹿猫如きに負ける訳には行かない。
テレビの画面に向かって、私が「あっ!」と指差すと、馬鹿猫も視線をテレビの方へ。ここぞとばかり、私はリモコンに手を伸ばす。偶然か意図的か、馬鹿猫が、リモコンを足で払い除けた。リモコンにはテーブルから落ちて床に転がる。馬鹿猫が「ニヤリ」と笑ったように思えたのは、私の気のせいかもしれない。
私が床のリモコンを拾おうとした時、馬鹿猫が私の顔を尻尾で叩く。一家の主を尻尾で叩くなど、あってはならない。第一、このテレビだって私が稼いで買ったもの。
馬鹿猫よ、己には何の権利もないのだと教えてやりたい。そもそも、ソファーの前で私に尻を向けている事自体許せない。
私がテーブルの上の馬鹿猫を下ろそうとすると、当然のように私の手を引っかこうとする。
絶対許せん! 許せる訳がない。どうしてくれようか。この馬鹿猫に噛み付いたら、流石に馬鹿猫も私の恐ろしさを知るだろう。
おっ! 私の計画に気が付いたのか? 怯えた目をしておる。
私は計画を実行しようと、馬鹿猫に顔を近付けた。
その時、女房が「ただいま~!」と、呑気に戻って来た。
馬鹿猫は、素早く陣取っていたテーブルから降りて、女房の所へ駆け寄って行く。
私は馬鹿猫に勝ったのだろうか? 今一つ釈然としない。女房に馬鹿猫は抱えられて、チラリと私を見る。忌々しい。
「あなた、戻って来ていたの?」
女房が、まったく気が付いていない無神経さにも呆れる。
私はテレビのリモコンを、野球中継に合わせた。
(了)