阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「お花リモコン」宮本ことん
リモコンショップに入ると、なじみの店主が笑顔で出てきた。
「いらっしゃい、イサムさん。今日もいいのが入っているよ」
狭い店内を見渡すと、テレビやエアコンなどの一般的なリモコンから、ごみ箱リモコン、おみくじリモコン、カレンダーリモコンなどの、わくわくするような珍しいリモコンが数多く並んでいた。
「最新のリモコンは何だい?」
イサムが聞くと、店主はレジの後ろに置いてある段ボールをごそごそし始めた。
「えーっと。最新ゴミ箱は買ったんだよな」
「ああ。粉砕機能が付いているやつだろ。便利だよ」
店主は顔をあげ、あった、と大声を出した。
「はい。お花リモコン」
店主は、手のひらほどのリモコンと、両手で抱える程の大きさの鉢を渡してきた。
「お花リモコンだっけ? 花が見あたらないんだが」
イサムが不満げな声を出すと、店主は通販のように流暢に話し出した。
「このお花リモコンは、一粒の種で、十種類の花を咲かせることができる。その日の気分でボダンを押せば、ヒマワリ、コスモス、バラなど、好きな花を咲かせられる。人気が出る前に買わないと、在庫が無くなっちまうよ」
「花か……。最近妻に何にもしてやれていないからな。これを買って、たまにはきれいな花でも見せてやろう」
イサムがお金を払うと、店主は大きな真ん丸の虹色の種を、一粒差し出してきた。
「これを鉢に埋めると、五分もすれば花を咲かせられるようになる。あとは、説明書をよく読むんだよ」
家に帰ると、さっそく鉢に庭の土を詰め込み、自分の部屋に持って行った。窓際の机の上に置き、種を植える。
店主の言ったとおり、五分もすると三十センチほどの高さの茎が生えてきた。
リモコンを見ると、大きなボタンが十個ついており、それぞれに花の絵が描いてあった。
「何だ。これなら、説明書はいらないな」
イサムは机の角に説明書を置くと、ボタンを押してみた。
ポンッという軽快な音と共に、ヒマワリの花が咲いた。
「これは面白い」
イサムは何度もボタンを押し、花を変えた。
飽きてきたころ、思いついたことがあった。二つのボタンを同時に押すと、どうなるのだろう。イサムは適当にボタンを二つ、同時に押した。
ポンポンッと音がして枝分かれし、朝顔とバラの花が咲いた。
「なんと、これは面白い」
イサムはそれから何度も押しては枝分かれさせた。ポンポン、ポンポン、ポンポンッ。
コスモスやらユリやらパンジーやら、いろいろな花がランダムに混じった巨大な花束のようになった時、イサムはもっと愉快なことを思いついた。
「全部同時にボタンを押してはどうだろう」
イサムは、ドキドキしながら指をボタンにあて、同時に押した。
……、ボンッ。花束が小刻みに揺れた後、とんでもなく大きな音がしたと思うと、鉢には巨大な植物がゆらゆらと揺れていた。
「驚いた。これは面白い」
イサムが喜んでいると、ワニのように大きな口を持つ食虫植物は、ゆっくり口を開けた。
「おや、お腹がすいたのかな。待っていろよ、今魚でも持ってく……」
バクン。食虫植物は目にも止まらず速さで動き、イサムのことを飲み込んだ。
食虫植物は、イサムを消化しようとグネグネ動く。
食虫植物が動いたとき、風に煽られて説明書が床に落ちた。
お花リモコン
注意:同時にボタンを押さないでください。花が咲くのに必要な養分が、鉢の中の土だけでは足りなくなります。
ノックの音がして、ドアが開いた。
「さっき大きな音がしたけど、大丈夫? キャッ」
妻が食虫植物を見て、悲鳴を上げた。
「何これ。気持ち悪い!」
妻はポケットから最新のゴミ箱リモコンを取り出すと、食虫植物に向けて、『捨てる』ボタンを押した。すると、廊下から何かを砕くような音をさせながら、大きなゴミ箱が、大きな口を開けて、ゆっくりと食虫植物の元へ向かって行った。
(了)