阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「川のほとり」瀬島純樹
老人と若者は、道中で再会した時、お互いに、恩師と教え子であることは、すぐにわかった。
しかし、まさか、こんなところで出会うとは、二人とも、思いもよらなかった。
それからというもの、長い道のりを、いっしょに歩いて来た。
「ここは、ずいぶん暗いですね」と若者は辺りを、うかがいながらつぶやいた。
「ああ、そんなものだろう」と老人が落ち着いた様子でこたえた。
今はもうどちらも、疲れ切って、ふらつく足を、どうにか前に出していた。
ふと気が付くと、二人は前方のほんのり明るい風景にくぎ付けになった。
「あれが、三途の川ですね」
「そのようだ」
「ようやく、たどり着きました」
「ああ、遠かったな」
老人は苦笑いしながら、
「とにかく、賽の河原に下りてみよう」
「はい、先生」
二人は、土手から河原に出る道を、探りながら進んだ。
いきなり、石が二つ三つ飛んできて、二人に当たった。
若者は、すばやく身をかがめたが、老人は突っ立ったままだったので、手を引っ張って座らせた。
広い河原には、小さな子どもたちが、石を握りしめて、二人を見ていた。
老人は、その様子に目をやりながら、ゆっくり立ち上がった。
「また、石がきますよ」という若者の心配を尻目に、
「なに、もう大丈夫だ。見知らぬ我々を、こわがっただけだ」といって、子供たちの方に歩き出した。若者も後について行った。
すると、ひとりの老婆が、子供たちの間をぬって、近づいて来た。
二人の前で足を止めると、老人の方を向いて、しゃべりだした。
「おまえは、この歳になるまで、ずいぶん身体を酷使してやってきた。疲れがたまったな」
老人は、深くうなずいた。
老婆は、もう一人の若い男の方を向いた。
「おまえは、これまで自分勝手なことばかりして、人に迷惑をかけ、事故を起こした」
若者は、頭に手をやった。
老婆は二人を見すえて、
「ここまできたので、三途の川を渡らしてやりたいが、残念ながら、医術の進歩はあなどれん。二人とも川は渡れぬ。帰るがよい」と言葉を残すと、すっと姿を消した。
「先生、あれは誰ですか」
「川の番人か何かだろうな」
「帰ってもいいなら、帰りましょう」
「いや、せっかくここまで来たのだ、わたしは帰らない」
「えっ、帰らないんですか、どうして」
老人は河原の子どもたちを、ながめながら、
「わたしは決めたよ。あの子たちのために、ここで寺子屋のようなものを、やろうと思う。どこに帰っても、することは同じだ」
老人は思い付いたように、
「そうだ、きみも、帰っても、ろくなことをしないだろう、罪ほろぼしに、手伝ってくれ」
「先生そんな……」
「修行のつもりで、わたしを助けてくれ」
若者の顔色は青白かったが、さらにさえない表情で、
「わかりましたよ……」
「きみが、手伝ってくれれば、大いに助かる。さっそくだが、あそこに見える小屋が使えないか、調べて来てくれないか」
「でも、あそこには、鬼のやつらがいますよ。あんなやつらと交渉なんて……」
「それじゃあ、手伝いにならんぞ。やってみなきゃあ、わからないだろう」
「そのセリフ、先生の口癖でしたね」
若者は、しぶしぶ小屋に向かったが、交渉を終えて、帰りの足取りは軽かった。
「先生、鬼の中に、むかしの不良仲間がいました。おかげで、話はトントン拍子。あの小屋を、寺子屋に使っていいそうです」
「なかなか、やるじゃないか」
若者は、まんざらでもなさそうに、
「それから、あいつらも、先生に教えてもらいたいそうです」
川面を吹く風にのって、老婆の声が聞こえてきた。
「とんでもないことを、思い付いてくれました。まあ、しばらく、お手並み拝見といきますか。しかし、なんですよ、あの根っからの先生に、ここを乗っ取られないようにしなければ。ねえ、エンマ大王様」
(了)