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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「川のほとり」瀬島純樹

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第68回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「川のほとり」瀬島純樹

 老人と若者は、道中で再会した時、お互いに、恩師と教え子であることは、すぐにわかった。

 しかし、まさか、こんなところで出会うとは、二人とも、思いもよらなかった。 

 それからというもの、長い道のりを、いっしょに歩いて来た。

「ここは、ずいぶん暗いですね」と若者は辺りを、うかがいながらつぶやいた。

「ああ、そんなものだろう」と老人が落ち着いた様子でこたえた。

 今はもうどちらも、疲れ切って、ふらつく足を、どうにか前に出していた。

 ふと気が付くと、二人は前方のほんのり明るい風景にくぎ付けになった。

「あれが、三途の川ですね」

「そのようだ」

「ようやく、たどり着きました」

「ああ、遠かったな」

 老人は苦笑いしながら、

「とにかく、賽の河原に下りてみよう」

「はい、先生」

 二人は、土手から河原に出る道を、探りながら進んだ。

 いきなり、石が二つ三つ飛んできて、二人に当たった。

 若者は、すばやく身をかがめたが、老人は突っ立ったままだったので、手を引っ張って座らせた。

 広い河原には、小さな子どもたちが、石を握りしめて、二人を見ていた。

 老人は、その様子に目をやりながら、ゆっくり立ち上がった。

「また、石がきますよ」という若者の心配を尻目に、

「なに、もう大丈夫だ。見知らぬ我々を、こわがっただけだ」といって、子供たちの方に歩き出した。若者も後について行った。

 すると、ひとりの老婆が、子供たちの間をぬって、近づいて来た。

 二人の前で足を止めると、老人の方を向いて、しゃべりだした。

「おまえは、この歳になるまで、ずいぶん身体を酷使してやってきた。疲れがたまったな」

 老人は、深くうなずいた。

 老婆は、もう一人の若い男の方を向いた。

「おまえは、これまで自分勝手なことばかりして、人に迷惑をかけ、事故を起こした」

 若者は、頭に手をやった。

 老婆は二人を見すえて、

「ここまできたので、三途の川を渡らしてやりたいが、残念ながら、医術の進歩はあなどれん。二人とも川は渡れぬ。帰るがよい」と言葉を残すと、すっと姿を消した。

「先生、あれは誰ですか」

「川の番人か何かだろうな」

「帰ってもいいなら、帰りましょう」

「いや、せっかくここまで来たのだ、わたしは帰らない」

「えっ、帰らないんですか、どうして」

 老人は河原の子どもたちを、ながめながら、

「わたしは決めたよ。あの子たちのために、ここで寺子屋のようなものを、やろうと思う。どこに帰っても、することは同じだ」

 老人は思い付いたように、

「そうだ、きみも、帰っても、ろくなことをしないだろう、罪ほろぼしに、手伝ってくれ」

「先生そんな……」

「修行のつもりで、わたしを助けてくれ」

 若者の顔色は青白かったが、さらにさえない表情で、

「わかりましたよ……」

「きみが、手伝ってくれれば、大いに助かる。さっそくだが、あそこに見える小屋が使えないか、調べて来てくれないか」

「でも、あそこには、鬼のやつらがいますよ。あんなやつらと交渉なんて……」

「それじゃあ、手伝いにならんぞ。やってみなきゃあ、わからないだろう」

「そのセリフ、先生の口癖でしたね」

 若者は、しぶしぶ小屋に向かったが、交渉を終えて、帰りの足取りは軽かった。

「先生、鬼の中に、むかしの不良仲間がいました。おかげで、話はトントン拍子。あの小屋を、寺子屋に使っていいそうです」

「なかなか、やるじゃないか」

 若者は、まんざらでもなさそうに、

「それから、あいつらも、先生に教えてもらいたいそうです」

 川面を吹く風にのって、老婆の声が聞こえてきた。

「とんでもないことを、思い付いてくれました。まあ、しばらく、お手並み拝見といきますか。しかし、なんですよ、あの根っからの先生に、ここを乗っ取られないようにしなければ。ねえ、エンマ大王様」

(了)