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阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「遺失物管理人」小玉朝子

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作文・エッセイ
結果発表
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第67回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「遺失物管理人」小玉朝子

 遺失物引取り受付の仕事にありつけたのは運がよかった。ただ、あまりにも人が来なくて退屈で仕方がない。持て余した暇の扱いをどうしたものか、僕には尋ねる上司も同僚もいない。おかげで部屋はいつもひっそりとしていた。

 僕に連絡が来たのは一ケ月ほど前のことだ。はやり病の流行に怯えながらも、世間があけきらない梅雨に苛つきを隠せずにいた頃、手紙は届いた。

 採用のお知らせと印字された簡素な見出しに、勤務形態と場所、それに開始日だけが記されていた。応募した覚えはなかった。新手の詐欺かと疑念も捨てきれなかったが、仕事がないことへの恐怖のほうが勝った僕は、手紙の通り、勤務地へ赴いた。

 最寄り駅からほど近い古ぼけた雑居ビルを見上げた僕は、新しい職場の看板を探す。見当たらない。手紙を確認し、これはかなり怪しいかもしれないと、ため息をつき肩を落とした。勤務地は地下にあるらしい。

 テナントは飲食店が多いから、昼間、ましてやこのご時世だ、人気がないのもうなずける。それにしても、と、薄暗い地下に入った僕は不安を覚えずにはいられない。遺失物、つまりは忘れ物の保管、管理と受渡しが業務とのことだが、こんな場所で?

 廊下の電球が切れかかっているのが気にかかる。扉の表札には遺失物の受け取りはこちらですと書かれたプレートがある。その下には管理人は不在ですとのもう一枚のプレート、裏返すと在室していますになるのだろう、がかかっているだけだ。

 プレートは不在にしたまま扉をノックする。返事がない。同封されていた鍵を使って開ける。ますます怪しい。帰りたくなってきたが、好奇心も捨てられなかった。

 僕は誰もいない部屋にあ然とする。何をしたらいいのだろう。手紙の指示に従ってカウンターにおいてある業務マニュアルを読む。

 薄っぺらいマニュアルはすぐに読み終った。大したことは書かれていなかった。取りに来た客? の、忘れ物を探して渡す。それだけだ。電話もならず、誰も来なかった。僕の緊張は無駄使いに終わった。 

 次の日も次の日も次の日も、そのまた次の日も、何も起きなかった。僕は決まった時間に来て、プレートを返し鍵を開け、決められた時間内、部屋にいて、またプレートを返し鍵を閉めて、帰る。その繰り返し。

 騙されているわけでもなさそうだった。ある日、カウンターにボックスが置かれていた。忘れ物だ。僕は初めての仕事らしい仕事に夢中になって、その整理を始めた。

 日付と落とし主の名前をデータにするだけの簡単なものだった。不思議なことに、すべての忘れ物は落とし主がわかっていた。あとは連絡先がわかれば話は早そうだが。僕は少し腑に落ちない思いで、ボックスを保管室のカウンターに置いた。保管室への出入りはなぜだか固く禁じられている。扉もいつも鍵がかかっていた。

 二週間ほどして、初めて客? がやってきた。なんだかとても具合が悪そうな男だ。

「どこにもないんだ。多分落としたんだ。ここが最後の頼みなんだ。見つけてくれ」

 僕は彼の名前と忘れ物が何かを聞く。忘れ物は拳銃? キーを叩く手を止める。少し考えたが、僕にはどうしようもない。意を決してエンターキーを押す。途端、保管室の扉が開いたかと思うと閉まった。カウンターには箱がある。僕はこわごわとその中身をのぞく。

「ありがとう。助かったよ」

 男は拳銃を手に取ると、自分の頭を撃った。僕はその場を動けない。何が起きたんだ? しばらくして息が吸えるようになって、男の姿を探すと、どこにもいなかった。

 次の日も、男はやってきた。今度の忘れ物はナイフだそうだ。渡すとやはり自分の首を切って、昨日と同じように消えた。

 次の日は毒薬。バリエーションを変えて、それは続いた。僕はすっかり慣れてしまって、

 事務的に忘れ物を男に渡し続けた。

 そして彼の消えたあとを見て、ここは一体なんなのだろうと思いを巡らすのだが、一向に答えは見つからなかった。 

 しばらくして男が来なくなって三日ほどした頃だろうか。昼食を取りながら、ニュースを見ていると、飛び降りをして意識不明の重体だったが亡くなった男が、「自殺マニア」と僕が密かに呼んでいたあの男と同一人物だとわかった。

 ようやく合点がいった。いったけれども、本当にそんなことがあるのだろうか? おそらく、ここが管理しているのは、夢の中の忘れ物だ。それならば、ここは夢の中なのだろうか? 僕がこの仕事にありついたのは??。 

 そこまで考えて、やめた。忘れることにした。僕は今の生活に意外と満足しているのだった。夢の中の忘れ物管理人、いい響きだ。       

(了)