阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「卵焼き」みーすけ
祥からお弁当箱が差し出された。
「今日、お弁当を持ってこないでって言ったのはこれなんだね」
「うん、梓が俺の卵焼きを羨ましがった事があっただろう。それをお袋に話したら、作ってくれたんだよ」
「うわぁ~嬉しい。ありがとう!今日はお昼が楽しみだなっ。」
「後で感想を聞かしてくれよ。オレ、今日はこれから部長と外回りだからさ。」
そう言って祥は去って行った。私と祥はもう直ぐ結婚をする。先日、祥の家にも挨拶に行ったばかりだ。祥のお母さんはちょっと手厳しそう。それが私の印象だった。お弁当箱を見つめながら少し重い気持ちになった。
昼休み、私は同僚のマリコと外のベンチでお弁当を食べた。
「あれ?どうしたの。今日はちょっとお弁当の様子が違うね。できる感じのお弁当になっている。拾ったのか?」
事情を知らないマリコは私を茶化した。マリコが言う事はなるほど納得だ。蓋を開けた途端、彩りのバランス良し、品数良し!体に良し?見るからにできる人が作ったお弁当だ。私はと言えば、毎日のようにお弁当を作ってはいるが冷凍食品が殆どで、手作りの物は入っている日の方が珍しい。節約のためであって、正直お腹が膨らめばいいやという感じ。
「実はさ、祥のお母さんが作ってくれたんだよね。」
「ヒエーッ!どういうことだ?だって息子は恋人ってよく言うじゃん。その息子の嫁になる女性にお弁当を作るのって、ちょっとゴング鳴らしているって感じがするよね。第一ラウンド~みたいなさっ。」
私もマリコの意見に賛成だ。
「だよね。素直に喜べない代物だよね。こんなお弁当を貰っても“料理完璧ざま~す!”って見せつけられている気がするよ」
私はまず、事の発端となった卵焼きを箸で持ち上げ、あらゆる角度から眺めてみる。
「凄くキレイに仕上がっているよね・・・敵ながらあっぱれすぎ!」
と言いながら卵焼きを口に含んだ。その瞬間、私は顔をしかめて唸った。
「どうした?毒でも入っていたか?」
マリコは冗談半分に私の顔を覗く。
「入ってないよ・・・調味料が入ってないよ?卵焼きの味付け、忘れているみたい。」
「えーっ、そんな事あるか?これだけ完璧な料理を作る人が、そんな忘れ物をするか?」
「じゃあ、わざと?イヤガラセって事?!」
「……やっぱりゴングが鳴っているんじゃないか?」
マリコのその言葉をかみしめながら、私はお弁当を黙々と食べた。
夕方、外回りから戻った祥が私の所へやってきた。
「よっ、今日の卵焼きはどうだった?」
と祥は嬉しそうに聞く。まさかお母さんの悪口なんて言えない。
「……勿論、バッチリ完璧な味付けだったよ。流石、祥のお母さんだよね。全部美味しくいただきましたってお伝えください。」
私は冗談交じりに改まった言葉をつかい、洗ったお弁当箱を祥に渡した。嘘をついてしまった。やっぱりお母さんの忘れ物を言えなかった。
帰り道、私は卵焼きの事が頭から離れなかった。考え過ぎだ。お母さんだって人間なのだから、うっかりする事はある。と思いたかったけれど、やっぱりそうじゃないって結論に行きついてしまう。家に帰るとポストに手紙が届いていた。差出人を見ると祥のお母さんからだった。
「お弁当の次は手紙?」
一気に心が不安で満たされる。こんな急ピッチで来られるとこの先が思いやられる。封を開けるには元気が必要だ。私はとりあえずご飯を食べ洗い物を片付けた。手紙を目の前にしてどうしたものか、未だに心が決まらない。
「やっぱり今日中に読まないとまずいよな」
とつぶやきながら手紙を手に取る。正座をして大きく息を吸いむ。第二ラウンドの始まりだ。
「梓さんへ。
突然のお便りごめんなさい。
これを読む頃、きっと梓さんは私のお弁当を食べてくれたわよね。さて、あの卵焼きは味がしなかったでしょ?ビックリしたかしら?実は私からのちょっとしたメッセージなのよ。梓さんが祥と新しい味を作っていけるように、味付けはしませんでした。
もしかして私が意地悪をしたと思ったかしら?ふふふっ。私は悪い姑になるつもりはないので安心してくださいね。
これから末永くよろしくね!
房江より」
そう来たか……完全なるノックアウトだった。
(了)