阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「魔法の壺」十六夜博士
激務の後の週末、独りでボーッとテレビを眺めていると、ピンポンとベルが鳴った。
玄関に向かい、覗き穴で確認すると、宅配便の人が立っている。一昨日、注文したクラフトビールの詰め合わせだろう。ドアを開け、荷物を受け取った。リビングに戻り、包みをビリビリと開け、中身を確認すると、クラフトビールではなく、壺だった。
「壺を送りつけてくるんですよ」
テレビからキャスターの声が聞こえた。
目の前の状況を中継されたようで、ハッとテレビに目を移すと、キャスターが新手の詐欺商法の被害が広がっていることを報じていた。えっ! と食い入るようにテレビに近づいた。
キャスターの説明はこうだった。宅配便で突如、壺が送られてくる。何だろうと思い包みを開けると壺が入っている。頼んだ覚えはないと、送り元に連絡を取ると、後日、送り元の社員が引き取りに来る。基本引き取ってくれるが、会話の中から、人の良い高齢者や、ボケ始めた高齢者を見抜き、そういう高齢者には、様々なご利益のある壺だと言って、買わないかと勧誘を始める……。
ちょっと気になる。自分は高齢者ではない。詐欺集団の間違い? 送り元を確認すると、しばらく連絡を取っていない実家の母からだった。
ちょっとホッとした刹那、「さらに、巧妙なのが、親戚、知り合いに配ると良いと何個も売りつけるんです。1つ数十万で、数百万も買ってしまった高齢者もいるんです」という、キャスターの説明が耳に入った。
頭がクラッとする。実家の母がこの詐欺に引っかかり、私に壺を送ってきたんだ――。
天を仰ぐと、電話が鳴った。
フラフラと立ち上がり電話に出ると、実家の隣に住む同級生のタカシくんだった。珍しいと思いながら、一通りの挨拶を交わすと、ためらいがちにタカシくんが言った。
『おばちゃんが、壺をくれたんだ。願い事が叶うって』
完全に詐欺に引っかかっている――。
『言いにくいんだけど、ボケが始まってるんじゃないかな……』
私はすぐに実家に向かった。
久しぶりの帰省に母は上機嫌だった。荷物を置く間もなく、ダイニングテーブルに座らせられると、あれこれと質問責めにあった。元気なのでボケてる感じがしない。
「良い人できた?」
「忙しすぎて、そんな暇ないよ」
四十前にして、しばらく結婚の予定すらない一人娘に、母は落胆した。
「あの壺なに?」
今度は逆に、私は一番訊きたかったことを訊いた。
「ああっ、あれね。魔法の壺。あんたの縁結びのため」
やっぱり、騙されてる……。
「何個買ったの?」
「何個? あれ家にあったやつよ」
「えっ……」
よくよく聞くと、母のところにも壺が送られてきて、壺を買わないかと勧められたらしい。だけど、壺はいくつもあるから要らないと断ったそうだ。
「だって、お父さんが集めた壺が結構残ってるじゃない」
亡くなった骨董好きの父の遺品か……。
「もしかしたらこれも魔法の壺かもしれないと思って、あんたのところに送ったの」
「タカシくんにも壺送ったでしょ」
「そうよ。だって壺は沢山あるし、タカシくんも離婚して一人身になっちゃたからね。いつも電気の付け替えとか世話になってるから、お礼のつもりで」
「そういうことか。杞憂で良かった」
お礼とともに事情を話すと、タカシくんは胸を撫で下ろした。
「それにしても、おばちゃん、世話焼きだよな。斜め向かいのサトシにも壺を渡したらしいよ。あいつも独身だし」
「恥ずかしいなぁ……」
「おばちゃんの願いを叶えてあげても良いよ」
「どういうこと?」
「ユウコちゃんと結婚しても良いってこと。バツイチだけど。昔、結婚しようって約束したよね」
そう言えば、そんな仲だったっけ。
「バカ!」
タカシくんの二の腕を軽く叩いた。
「まぁ、考えとくわ」
私は照れ隠しに空を見上げた。
お父さんの残した壺は魔法の壺だったのかもしれない。