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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「呪いのメール」道策

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第57回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「呪いのメール」道策

深夜0時過ぎ。ベッドの上で、美奈は、十三回目のメールを送信した。そして、十三秒後に削除。成功。

「あと一日、あと一日だわ」

美奈は、興奮気味につぶやいた。

「死ね」というメールを送信して、十三秒後に削除する。これを、深夜0時をまたいで十三回、十三かける十三の百六十九日間続ければ、その相手は死ぬ。美奈が、ネットの隅から隅まで検索して、執念で捜し当てた「呪いのメール」だ。ただし、今までに成功例は一つも無いという。実際に、百六十九日間もそれを実行する事が相当に困難で、とてつもない意思の強さを必要とされる上に、一度でも誰かにメールを読まれてしまったら、呪いは失敗となってしまうからだ。

何を隠そう、美奈がメールを送った相手は、実の姉の美加だった。元来、几帳面な性格の美奈は、自分の誕生日からこのメールを送り始めた。ゲンをかついで、携帯も黒いやつを新しく買って、呪い専用とした。そして、今夜が百六十八日目のメールだった。二人は、何故こんな事になってしまったのか? 話は、四半世紀も前、美奈と美加が、ほぼ同時に生まれた時にまでさかのぼる。

美奈と美加。二人は、一卵性の双子の姉妹だった。従って、容姿や体型はもちろん、性格や才能も、二人は良く似ており、子供の頃から、常に同じような事に興味を持ち、同じような事を考える姉妹だった。しかし、双子なのに、二人の誕生日は異なっていた。何故なら、姉の美加は夜の11時30分、妹の美奈は翌日の午前0時30分に生まれたからだ。

一時間、そのたった一時間の差が、誕生日の一日の差になり、更には、二人の人生の大きな差につながっていこうとは、その時は、誰も考えもしなかった。だが、今にして思えば、二人の間には、常に「1の差」がつきまとっていた。そして、その差は必ず、美加に幸福を、美奈に不幸をもたらした。

(最初に差が出たのは、誕生会よ)

ベッドにゴロリと横になった美奈は、小学生の頃を思い出していた。

(二日続けて誕生会を開く訳にもいかない事ぐらいは分かるけど、開くのは必ず美加の生まれた日。私がいくら文句を言っても、ママの「一日前なんだからいいじゃない。一日遅れじゃシラけるでしょ」の一言でチョン)

美奈は、小さなため息をついた。

(次に差が出たのは、高校受験。有名大学の付属校。二人の受験番号は当然一番違いで、美加の方が一つ前。試験会場に着いたら、美加は教室の最後尾で、次の私は最前列。試験の結果は、一点差で、美加は合格、私は不合格。美加のやつ、後で、「ふふふ。一番後ろだったから、楽勝でカンニング出来ちゃった」だって。マジむかついたわ)

美奈は、軽く寝返りを打った。

(決定的に差がついたのは、大学の合コン。私は、頑張って、美加がエスカレーター進学した大学に一般受験で合格。その大学の女の子五人と社会人五人との、半分婚活みたいな合コンで、運命が決まる最初の席決めは、美加は3番、私は4番。まあ、それはいつも通りだったけど、女の子全員が本命視していた超イケメンの弁護士が、なんと3番。男の人から座り始めたから、イケメン君は美加の向こうに座り、美加と私の間には、大学の農学部でカイコの研究をしているカマキリが眼鏡をかけたような顔の4番の男が座って、肝心のイケメン君は、私の三人先。アタックどころか、声さえかけられない。おまけに、同じ番号同士がけっこう盛り上がって、最後まで席替えは無し。カイコの絹糸腺とやらの話を二時間も聞かされて、もうウンザリ)

美奈は、二度目の寝返りを打った。

(結局、美加はイケメン君とゴールイン。カマキリ男は私にご執心だったようだけど、もちろん、こちらから願い下げ。あんまり頭に来たから、顔がそっくりなのを利用して、美加のふりをしてイケメン君と寝てやったわ。それがバレて、というより私がバラして、二人は離婚。彼、美加に、君じゃないとは全然気がつかなかったって、必死に言い訳してたけど、絶対、私だって事に気がついていたと思う。それはともかく、それがあって、美加と私の仲も決定的に破綻。そして……)

美奈は、枕元の携帯を再び手に取った。

(ふふふ。これで、あと一回、メールを十三回送信して削除すれば、美加は……)

美奈は、満足気な表情で眠りについた。

おそらく、二度と目覚める事が無いであろう眠りに……。

同じ頃、美加も、やはり満足気な表情で眠りについていた。そして、その枕元には、半年前に買った黒い携帯電話が置かれていた。

そう。美加も、同じ呪いを美奈にかけ始めていたのである。美奈と同じように、新品の携帯で、自分の、誕生日から……。