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阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「事後予約」宮本享典

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第55回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「事後予約」宮本享典

どんな仕事にも繁忙期と閑散期とがある。吉村と岡崎の勤める葬儀社の場合、冬季が繁忙期でそれ以外は比較的おちついている。とはいえ、この梅雨時、付き合いのある総合病院では月に四、五人が亡くなるのだから、徹夜仕事が全く無くなるわけではない。そのため葬儀社は通常であれば二十四時間営業なのだ。亡くなる人の宗教に合わせるため、大抵、仏教徒とクリスチャンがペアになって勤務に当たるようになっている。今日の場合は吉村が仏教徒で岡崎がクリスチャンである。あまり広くないオフィスから、二人は外の雨を眺めていた。しとしとと降りしきる梅雨の雨は、まだ夏の到来を予見させるものではなかった。 吉村と岡崎は「待機中」なのである。あまり面白い話ではないのだが、誰かが亡くなるのを待つのも葬儀社の仕事のうちである。二人は書類仕事をのんびりとこなし、世間話をした。なんてことはない、日常の夜勤どおりの時間をすごしていた。

「すいませーん。どなたかいらっしゃいませんか」

オフィスの入口から誰かが呼ぶ声がする。総合病院で誰かが亡くなると、電話で連絡がくることになっているので、この突然の訪問者は意外であった。吉村と岡崎は瞶めあい、岡崎が先に声の主を確認しに席をたった。

「はい。どちら様でしょうか」

全身ずぶ濡れのスーツ姿の四十男が立っている。

「夜分すいません。ちょっと葬儀の予約をしたくてご相談にあがったのですが……」

「はぁ。予約ですか」

葬儀に予約もへったくれもない。老人が自分の葬儀を自分の手で決めたくて、葬儀社に事前に相談にくる場合はそこそこある。が、来訪してきた男は死ぬにはちと早すぎる。

「ま、どうぞこちらへ」

岡崎が男をオフィスに招き入れ、応接室へと案内した。不審に思った吉村が目で男を追った。男が応接室へ入るのを確認すると、岡崎が吉村のところへ駆け寄ってきた。

「なんだよ。思いっきり不審者じゃないか」

「悪戯かなんかかな」

「そんなんでわざわざ来るか。しかも夜に」

「しかもずぶ濡れ。髪も服もだぞ」

吉村と岡崎はどちらか一人で応対するのは嫌になり、二人で応対することにした。

岡崎が応接室のドアを軽くノックした。岡崎、吉村の順で応接室に入った。男は立ち上がり、二人に「どうも」と頭を下げた。三人は一同に着席し、岡崎から話をきりだした。

「お待たせしました。ご葬儀の予約のご相談ということですが、どなた様のご葬儀の件でしょうか」

「実は私の葬儀の件でして」

「失礼ですが、何かご病気かなにかで……」

「いえ、私はすでに死んでいまして……」

「はい?」

吉村と岡崎は内心、悪戯と断定した。吉村は相手を宥めすかすよう、多少の怒気を含んで男に話しかけた。

「亡くなったご本人様が葬儀の予約に来た、ということですか?」

「ええ。事情をお話すると、結構長いんですが、私、筋の悪いところから複数借金をしまして、東京湾に沈められてしまいまして。遺体はもう海の底です。たぶん海流に流されて何処にあるかも分からなくなってると思います。遺体の回収は諦めています。ですが、形だけでも葬儀をしてもらいたくて……」

「一度ご家族の方とご相談なさってはどうですか」

「家族といっても妹が一人いるだけです。あ、これ連絡先です」

男は濡れたメモ用紙を吉村と岡崎に渡した。『岡田容子』とあり、携帯電話の番号が書かれていた。岡崎はその男へ言った。

「我々のところへご相談になる前に、警察か妹さんとご相談した方がいいんじゃないですか」

「妹とはもう十年以上連絡をとっていないんです。身持ちの悪い私と違ってしっかり専業主婦をしている筈です。私がとつぜん容子の前に現れても煙たがられるだけなのは判ってます。ですから、葬儀のプロの皆さんにお世話になろうと思いまして。それに警察に連絡しようかとも考えたのですが、なんせ遺体が出ないと動いてもらえないでしょ? 遺体の出ない殺人事件なんて、相手にしてもらえないんですよ」

男は多少困惑気味に話した。男の言い分も分からないではない、と吉村は思った。岡崎と顔を見合わせると、岡崎も同様のようだった。吉村は嘆息まじりに男に話した。

「結構でしょう。妹さんとはこちらから連絡をとってみます。まず喪主を決めて葬儀費用の見積もりをお出しします」

「ああ、どうも有り難うございます」

と、男は笑顔を見せると不意に消え去った。