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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「赤い李」吉野夏子

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第47回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「赤い李」吉野夏子

私には、八つしか違わないおじがいた。

父の年の離れた弟で、父とは似つかわない整った顔だち。しかも甲子園でも活躍したから、女性にもてた。それなのにプロ入り三年目に、高校時代からの彼女と結婚を決めた。

順子さん。このおじの奥さんが嫌いだった。

違う男の人と、平気で腕を組んで歩いている人なんて!

部活の帰り確かに見た。一度だけではない。

それに父が母に「プロ野球の有名選手の妻という地位目的で、高校時代に弟に近づいた女だ」、と話しているのも知っていた。

だけど余計なことを言って、大好きなおじを傷つけたくなかった。

その日おじは、シーズンオフで球団のある関西から福岡に帰ってきていた。結婚の記念に、奥さんの誕生花である李を植えるという。

おじの実家はうちの隣。私の部屋からイヌマキの垣根をはさんですぐだった。

植えられたのは二種類の李。ふたつとも皮も果肉も赤くなる品種らしい。

「みずき、実がなったら食べていいからね」

李を植えるおじの顔は、幸せに輝いていた。

順調そのものだったおじの野球人生。それも突然、崩れることになった。

私が高校三年の夏、おじは交通事故に遭い、プロでの生活を諦めなくてはいけなくなった。

福岡に戻って飲食業をはじめたもののうまくいかず、だんだん生活もすさんでいった。

かつてのスター選手は落ちぶれた。順子さんがおじを捨てるのではと、そんな考えが頭をよぎった。

もしそんなことになったら、おじは正気ではいられなくなるかもしれない。

心配しつつも何もできないまま三月になり、私は高校を卒業した。もうこの頃、順子さんが家に帰っていない話を父から聞いていた。

思った通りになってしまった。

眠れない夜が続く。

ある真夜中、思い切ってイヌマキの枝をかきかわけて隣の庭をのぞいてみた。

白いものが目に入ってきた。それは、暗がりに浮かんだ李の花だった。

あの日、幸せだったおじが植えた李。今もおじは、同じ李の下にいる。ひげをはやしただらしない姿。お酒の瓶を持ちながら、ずっと門の方に目をやっていた。

妻が帰って来るのを待っているのだ。

六月になり、李にも色がついてきた。

そんなある日、昼間家にいた私は、隣から声がしたのでイヌマキをかきわけた。

順子さんがいた。化粧が派手になっていた。

「あら、おいしそう」

順子さんは赤くなった李を、紅い口に含んですぐに吐き出した。残りは投げつけて、ヒールの先で踏み潰した。

「何これ? 食べられたもんじゃないわね」

私の中で、ブチリと音がした。

急いでおじの家の玄関に回った。見知らぬ男が、スーツケースを車に積んでいた。

「みずきちゃん、いいところに来たわねぇ」

順子さんから、玄関のカギを渡された。

「あのろくでなしにヨロシクね」

「……」

あまりのことに何も言い返せなかった。おじが哀れすぎた。

だがその後もずっと、おじは毎晩外で妻を待ち続けた。雑草を抜いたのか、李のまわりの地面がきれいになっていた。時どき、おじは李の幹を相手に何か話しかけていた。

本当におかしくなってしまったのかも。

私の父も心配して、何とか順子さんに戻ってもらおうと、手をつくして居所を突き止めたが、いたのは愛人だけ。順子さんは、もう何日も戻ってないという。

李の季節も終わりに近づいていた。

今年はじめて李を取るため、おじの庭に入った。

すでに熟した李が下に落ちていた。その鮮やかな赤い果肉が、血の色を思わせた。

よく熟れたのを選んで口に運んだ時、

「やめろ、食べるな」

おじだった。凄まじい顔で李を取り上げた。

その夜も、いつものように隣の庭をのぞいた。そこに異様な光景を見た。

全裸のおじがいた。李の幹に身体を巻き付け、李と性行為でもしているかのようだった。

そしてそれが、生きているおじを見た最後だった。翌朝、そこで裸のまま死んでいた。

十五年後、おじの家のあった土地は道路拡張で立ち退きになった。私はこの頃、福岡を離れていたが、父から連絡を受けて知った。

掘り起こした李の根元から、白骨が出てきたことを。