阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「真実」田辺ふみ
昔ながらの屋根瓦の古びた家。いかにも昭和というような家がおばあちゃんの家だ。
いつでもおいでという言葉と共にもらった鍵で家の中に入った。
住む人のいない家の空気は違う。窓を開け放したいが、人目が気になるのでそのままにする。顔見知りが母に連絡したりすると困る。
家具や物は残っているが、貴重品は母が運び出したのを知っている。それでも、何か、オークションで売れるような物があるかもしれない。
小さくて価値の高そうな物。そんな物があったかなあ。
おばあちゃんが生きていれば、こんなことをしなくても、お小遣いをくれて、支援してくれたのに。
頭ごなしに叱ってくる父や母と違って、わたしの話を聞いてくれたはず。
裕人がどんなに優しいか、そして、どれだけ、頑張っているか。
わかって、そして、応援してくれたはず。わたしの本当の味方になってくれたはず。
父や母は非難するが、裕人がフリーターになったのは仕方ないことだ。
『結婚するなら、ご両親の許可を得てから』
裕人の考えはまともだ。工場の期間社員じゃ、許可を得られないからと転職活動をして、正社員になった。
その会社がブラックで残業代も支払わないような会社だったから、辞めるのは仕方のないことだった。
そう、仕方がないことだったのに、まわりは理解してくれない。
だから、わたしが支える。
裕人のアパートで一緒に暮らし始めた。
『正社員に就職して、借金を返したら、正式にプロポーズするから』
そう、約束してくれた。
うん、それなら、きっと、父と母も許してくれる。
やっぱり、わたしのこと、きちんと考えてくれているんだ。
でも、昨日、通帳の残高を見て、自分の貯金がほとんどなくなっているのにゾッとした。そんなに無駄遣いをしているわけじゃないのに。
だから、今日、何か売れる物を探さなくちゃ。
今頃、裕人はゲームをしているはず。今度は面接もうまくいったから、採用通知が来るまでの間って、言ってるけど。待ってる間だけでも、バイトでもしてくれたら、いいのに。
あー、不満に思っちゃ、ダメ。あと、少しの辛抱なんだから。
わたしはおばあちゃんの鏡台を眺めた。
子供の頃、欲しいと言ったら、おばあちゃんはわたしが結婚する時に新しいのを買ってくれると言った。
でも、これが欲しかったんだ。
鏡には不思議な力があって、魔をしりぞけたり、真実を告げてくれるって言ってたなあ。売るんじゃなくて、自分で使おうかな。
部屋が狭くなるって、裕人に怒られるかな。
わたしは鏡台に掛かっている布をめくってみた。
「おばあちゃん」
おばあちゃんの顔に思わず、呼びかけて、それから、気づいた。
おばあちゃんじゃない。自分の顔だ。
鏡がくもっているから、暗く見えたのかもしれない。
ウェットティッシュで拭いてみた。
それでも、あまり、変わらない。
まるで、老人のよう。
肌にツヤがなくて、疲れた目をしている。
これが真実?
好きな人を支えて頑張っている幸せなわたしではなく、疲れ果てたわたし。
「わたし、最近、老けた?」
裕人にメッセージを送ってみた。
すぐに返事が返ってきた。
「そんなことないよ」
「かわいいよ」
最近、あまり、言われたことがなかったので、うれしい。
「だから、今日、デートしよ。ね、まゆちゃん」
まゆちゃんて、誰? わたしの名前はみゆき。誰と間違えたの?
馬鹿みたいだ。
わたしは鏡に向かって笑った。
引きつって、涙を流している変な笑顔。
これが真実。
でも、おばあちゃんが、おばあちゃんのこの鏡台が教えてくれた。
わたしの目がくもっていたことを。
わたしは裕人にもう一度、メッセージを送った。まゆちゃんのことなんて、もう、どうでもいい。言いたいことは一つ。
「さようなら」