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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「鏡の匣に宿る神」白浜釘之

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第46回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「鏡の匣に宿る神」白浜釘之

「本当に外からは内部の様子が全く見えないのかね?」

機械的な声でその男は訊ねた。

「ええ。もちろんです」

私は自信を持って答える。

「実際にご覧になって頂ければわかると思います」

私は助手の一人を、まだ研究中のその装置……といっても見た目は単なる透明の大きな箱に過ぎないが……に入れて、手元のスイッチを押した。

「おおっ!」

男の口から嘆声のようなものが漏れた。

透明な箱に入った助手の姿は一瞬にして消え失せ、さらには透明な箱自体もまったく周囲の景色に溶け込んでしまい、そこには本当に『何もない』ようにしか見えなくなったからだろう。

「たしかに、すごい技術だ」

男は冷静さを取り戻すと、そう言って頷いた後、再び機械的な声音で訊いてくる。

「しかし、どんなにすごいように見えても、手品には所詮タネがある。私が子供のころ……君たちが生まれるはるか昔のことだが……『喋る生首』が鏡を使ったトリックだと知った時には心から失望したものだ」

「ご安心ください。たしかに原理はマジックミラーのようなものですが、その精度がまるで違います」

私は自分の研究を手品呼ばわりされ、少しばかりムッとしたが、この世界一の富豪を前に懸命にそれを押し殺して説明を続けた。

「地球上に張り巡らされた監視カメラや衛星からの情報などによって現在の位置を瞬時に判断し、その場から見えるであろう景色を計算して、全面の透明なスクリーンに映し出すことによって、その内部の存在を全く消すことができるというもので……」

「ああ、もう分かっている。説明はちゃんとこの中に入っているから大丈夫だ」

目の前の男……世界中の富の半分は彼が所有しているともいわれるG氏は、自分のこめかみの辺りを指で指し示した。

その莫大な富で、体の九十九パーセントを人工の臓器に取り換え、その脳内の記憶さえもスーパーコンピュータに移し替えたといわれている彼にとっては、開発者の私の説明ですら釈迦に説法といったところだろう。

「各種レーダにも反応しない、文字通り、『見えない小部屋』なんだろう?」

彼は三百歳を優に超える年齢とは思えない身のこなしで……それも人工筋肉のお陰なのだが……私の発明品があった場所に近付いた。

「そこじゃありませんよ」

私はちょっと得意になって彼に言った。

「もう部屋の隅に移動しています」

私が合図すると、装置の中に入っていた助手が部屋の隅から現れた。

装置の存在を知らなければいきなり部屋に現れたように見えたことだろう。

「これはすごい。移動する際の音もまったく聞こえなかった」

「どうぞ中に入ってみて下さい」

驚いている彼に私はそう告げる。

「……なるほど、中からはちゃんと外の様子が窺えるわけだ」

彼はひとしきり装置の中から色々と操作して満足したのか、装置から出てくると、

「この中で生活できるようにするのは可能かね?」

と訊ねてきた。

「ええ、時間はかかりますが……」

と私が答えると、

「金に糸目はつけないから、早急に完成させてくれたまえ」

そう言い残して、彼は研究室を後にした。

「……不老不死の次は自分の姿を隠して、隠居でもするつもりなんですかね」

助手が私に訊ねる。

「さあね……せっかく不死身の体を得たのに、マジックミラーの箱の中で暮らそうなんて、使いきれないほど富を集めた人間の考えることなんて我々には分からないよ」

私は肩をすくめた。

潤沢な研究資金を得た私は、間もなく彼が望む通りの装置を作り上げ、それを彼に渡した。そうなると、研究者の私ですら、もう彼がどこにいるかはわからなくなってしまった。

その後、彼が遠隔操作の研究者やテレパシーの研究を行っている研究者のところに現れたという噂が流れ、やがて、世界中から争いや貧困などが減少していることが報告されるようになった。

「これって、やっぱりG氏のお陰なんでしょうね。あの人、結局何だったんでしょうね」

助手が私に訊ねる。

「不老不死で、姿を見せず、世界をよりよい方向へ導く……」私は彼に厳かに告げる。

「君、もしかしたら我々は、神の創生に加わったのかもしれないね」