文章表現トレーニングジム 佳作「カフェ始めます」黒桃まゆ子
第22回 文章表現トレーニングジム 佳作「カフェ始めます」黒桃まゆ子
十数年前に同じ職場で働いていたF子ちゃんから、「カフェを始めます。」というハガキが届いた。当時、仲のよかった子たちから連絡がきて、遊びに行こうという話になった。
しかし私は正直、多少憂鬱でもあった。
当時、私たちは販売職にあったが、F子ちゃんは失敗することを極端にきらった。彼女と組むと、こっちまで「ミスをしたら死ぬ」ぐらいの緊張感にさらされたものだ。店に出たF子ちゃんは、大きな舞台の上で何百、何千という観客から、一挙手一投足にまで注目をあびる主演女優のように完璧だった。楽に生きる、ということができない人なのだ。
旦那さんとは数年前に離婚したようだが、それも分かる気がした。彼女は今、幸せだろうか?と考えると、憂鬱になるのだ。
当日。F子ちゃんのお店はお花屋さんの一角を間借りした小さなカフェで、完全に一人で切り盛りしていた。もとよりプロ級の腕前だった手作りケーキとお茶をいただきながら、私は友人たちと近況報告に花を咲かせた。他のお客さんたちが途切れたとき、私はF子ちゃんに聞いてみた。
「もう一度結婚しようとは思わないの?」
F子ちゃんは「も~全然、思わないね。離婚して初めて、自分が結婚に向いてないのが分かったわ。私みたいなのは、一緒にいる人が疲れちゃうんだって」と言った。
私なんぞが気をもまなくとも、F子ちゃんは新しい大地を切り開いていたのだ。