文章表現トレーニングジム 佳作「珍客襲来」とろいか
第22回 文章表現トレーニングジム 佳作「珍客襲来」とろいか
今夏のある日のこと。朝、通勤バスの中で途中から乗ってきた女性が私の隣に座った途端、スッと立ち上がり車両前方へと行ってしまった。
(私、臭かったかしら)と不安になり、着ていた服をくんくん嗅いでいると、左視界になにか黒いものがもぞもぞと蠢いていた。見ると、大きな蜂が窓を這っていた。黒と黄の縞々模様、鋭い目つき、まごうことなきスズメバチだった。
私は初めて見るスズメバチに(コレがスズメバチか…!)と感心し、まじまじと見入ってしまった。アレルギー体質だし、コレに刺されたらアナフィラキシーショックで死ぬかもしれないなぁなどと冷静に考えていると、急に「ぶぶぶっ」と動きが激しくなった。思わずギャッと仰け反り、隣の席へと避難した。
スズメバチは基本的に巣に近づく者に対してだけ攻撃をする、という話を思い出した。攻撃前にカチカチと顎を鳴らすそうで、この音が最終警告とのこと。音を聞くことの出来る哺乳類が主な敵だったらしく、進化の過程で音を鳴らせるようになったらしい。
誰かが「あの?!スズメバチがいるんですけど」と声をあげた。「ええ!」と車内が一斉にどよめき、蜘蛛の子が散るように全員がスズメバチ付近から離れた。バスがゆっくりと停車し、運転手が後方へ歩いてきた。皆が固唾をのむなか、窓を静かに開け、手でサッと払った。無事スズメバチは外へ出ていった。
人間たちが慌てふためくなか、スズメバチは終始無言だった。