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カットバック(回想)はどうしてもの場合以外は使わない

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作文・エッセイ
作家デビュー

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

ミステリー系新人賞の〝傾向と対策〞 その2

前回この講座で取り上げた『星宿る虫』に続き、第二十回(二〇一七年)の日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作『木足の猿』(戸南浩平)について論ずる。

その前に、まず、日本ミステリー文学大賞新人賞は受賞作の刊行から次回の応募締切までに、約三カ月の時間的猶予がある賞である。

そこで、受賞作を読んで、自分なりの〝傾向と対策〞を立ててから応募作の執筆に取り組める。それが、受賞作の刊行から次回の締切まで、ほとんど時間的な猶予がない横溝正史ミステリ&ホラー大賞や鮎川哲也賞とは違っている。

時間的猶予がある新人賞の場合には、以前に当講座でも触れたこ とがあるが、受賞作が傑作だった場合には「この賞はハードルが高そう」と考えて次回は敬遠されて競争率が下がるし、受賞作が「こんな程度で受賞できるの?」とい う駄作だった場合には「これなら私でも射止められそう」と考えて 応募作が増える傾向が見られる(絶対にそう、とまでは言い切れないが)。

前回、当講座で触れたように『星宿る虫』は駄作だった。主人公を含む主要登場人物に全く個性が見られなかった。

『星宿る虫』の第十九回の応募作品数が百七十二編だったのに対して、第二十回は百九十四編と一気に増えたのは、そういう応募者の思考法が如実に表れている。

さて、第二十回受賞作の『木足の猿』の内容に踏み込むと、主人公の奥井隆之や、悲劇的な死を遂げるヒロインのお陽といった主要登場人物の性格描写が非常に巧い。

これを読むと「とても、こう上手には書けない。こんな作品が来るんだったら日本ミステリー文学大賞新人賞に応募するのは見送ろう」と考えるアマチュアは大勢いるだろうと思われる。

しかし、『木足の猿』に関して私は敢えて「主要登場人物のキャラが立っている」とは書かない。

作者の戸南は、おそらく「主要登場人物のキャラ立て」に関して大きな勘違いをしている。

「キャラ立て」は「読者に〝この人物は実に魅力的。この作者の作品なら、次回作も次々回作も読みたい〞と思わせることである。

つまり「キャラ立て」は「主要登場人物の性格描写を際立たせる」ことの、もう一段階、上に来るのだ。

そういう観点で読むと『木足の猿』の主要登場人物は全くキャラが立っていない。

物語全体が陰惨、悲惨な雰囲気を湛えている。

こういう作品は選考委員には受けても、一般読者には受けない。

「次回作も買おう」という購買意欲を起こさせない。

もし、受賞第一作でも同じ轍を踏んでいたら、戸南は確実に遠からず文壇から消えることになる。

『木足の猿』には〝華〞がない。

ヒロインの役割を振られたお陽という女にしてからが、ひたすら悲惨な境遇で華やかな要素は何一つない。

こういうタイプの物語は、社会が非常な好景気で活気づいている時には売れるが、不景気になると、全く売れなくなる。

今の日本は、アベノミクスで上向いていると政府は煽っているが、それは一部の大企業だけで、末端の一般消費者のレベルでは、ほとんど潤っていない。

つまり、『木足の猿』タイプの物語が爆発的に売れる要素は、現在の日本には存在しない。

『木足の猿』は、主人公の奥井が、 かつて命を救われた恩人の水口修二郎が、朋輩の矢島鉄之進に十七年前に殺害された。そのまま矢島は逐電し、その足跡を追い続ける復讐譚の時代劇ハードボイルドである。

それは良いのだが、十七年前を頻繁にカットバックで回想する。

エンターテインメントでは回想を可能な限り避け、エピソードを出来事の順番通りに並べるのが鉄則である。どうしても、それ以外に方法がない場合以外にカットバック手法を採ってはいけない。

カットバックが多用されると一部の読者はストーリー展開についていくことができず、混乱する。結果、「この作者の書く話は読み難い」という感想に結び付く。

私には、戸南が深く考えず、至極安直にカットバックを手法を用いているとしか思えなかった。

あるいは、カットバックを使ったほうが読者受けすると、大いなる勘違いをしているか。後者だったら、余計に始末に負えないことになる。

こういう物語で新人賞を狙おうと考えているアマチュアには『木足の猿』を〝他山の石〞として応募作の執筆構想を練るように忠告する。

①カットバック(回想)は、どう しても他の手法を思いつけない場合以外には使わない。

②「こういう登場人物が出て来る物語を読みたい!」と読者に思わせるような登場人物構成にする。

③特にヒロインには「華」があるように描く。

ここで鳴神響一のハードカバー の新作『斗星、北天にあり』と『木足の猿』の読み比べを勧める。

『斗星、北天にあり』のヒロインは二人とも悲劇的な死を迎えるが生き様に「華」があって魅力的である。過去の因縁が強く現在に絡む物語だが、カットバックは皆無に近い。

『斗星、北天にあり』は発売当日に重版が懸かったほど好評だが、頷ける。 

 

 

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若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。