阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「週二日」川畑嵐之
あれっ、と思った。
週五日、月曜から金曜まで働いて、木曜ともなると似たような日が続いたとしてもおかしくない。それにしても似かよりすぎなのだ。前日、朝駅までの自転車の途中で、おばさんとぶつかりそうになり、ひやりとする。しかもむこうがとびだしてきたのに、にらまれてむっとする。
というのが今朝またあった。
おばさんも同じだ。にらみかたも同じ。しかもぱっと見、派手な柄の同じ服を着ているように見えた。おかしいなと思いつつ、混んだ電車に乗る。それで前に立った女性から強烈な香水が鼻を襲ってきて「まただ」と思った。きのうの朝も同じ匂いをかいだ。いつも同じ電車、同じ車両の同じドアから乗るので、同じ人と二日連続近くになってもおかしくない。でも、その女の人も同じ服に見えるのだ。
おばさんならまだしも、若い女性が私服で二日続けて同じ服を着るだろうか? なにかがおかしい。ポケットからスマホをだして画面を見る。目をうたがった。木曜になっている。金曜のはずなのに。ネットにつないでニュースを見た。そこでも木曜となっていて、金曜のニュースはなかった。
どうなっているんだ?
もしかして俺がまちがっているのか? いやいや、たしかに木曜は昨日で終わっているはず。頭を混乱させながら会社に行くと、すべて昨日やったことばかりだった。とまどうこちらにかまうことになく、まったく同じ仕事を周りの人たちはこなしている。だれかにかつがれているのか? 俺がとまどうのを見て、陰でこっそり笑っているのか? いやいや、そんなことをやっている余裕はこの会社にはない。とにかく真面目に働いた。仕事を終えて自宅にもどってテレビを観ても同じなので混乱したままだったが、とにかく寝た。
そして次の日はというと金曜になっていた。
ほっとした。
おばさんにぶつかりそうにはならなかったし、女性の強烈な香水もかがなかった。仕事もまったく同じではなかった。とにかく良かった。永遠に木曜が続かなくて。
ところが翌週も木曜が二回となり、これが毎週あるということがわかったのだ。せめて日曜が二回だったら良かったのに。木曜二回は精神的につらい。
それでも慣れていった。ある意味予測がつくのでラクともいえた。が、やはり木曜二回はつまらなかった。
そうこうするうちに私は独身だったので、林朋子という女性と出会い、とんとん拍子で結婚することになった。木曜二回あることはうちあけられなかった。そんなことを言って、頭がおかしいと思われたくはなかった。
結婚式をあげ、彼女は私と入籍した。晴れて結婚生活がはじまった。月曜、彼女に見送られて玄関を出る。彼女は近くの職場で事務のパートをやっているのだ。それで火曜になって、おかしなことに気づいた。 朝、彼女が同じことを言う。まあ、それはいい。月曜と同じようにうっかり犬のふんをふんづけたのは閉口した。でも、電車で前の女性が長い髪をふりはらったとき、ビンタのようになってハッとした。
木曜じゃないのに同じようになっている。
月曜が二回になっている。会社に行って、月曜二回を確認した。週始めの朝礼をなんの躊躇もなくやっている。家に帰って、妻もまったく同じ料理を用意してくれる。なんの疑問にも思っていない。
そして次の日はちゃんと火曜になった。
木曜はというと一日ですむようになった。
次の週も月曜二回で木曜は一日。二回は木曜から月曜に移った。
なぜ月曜になった? 日曜なら良かったのに。
月曜のだるさが二回あるとわかるとうんざりだった。
なぜ日曜が二回になってくれなかったのか。
それにしても木曜二回、月曜二回……。
考えて、はたと思いついた。
妻は結婚前、林だった。それで木曜二回だったのか?
結婚して林ではなくなり、朋子の月曜二回になった。
それしか思い浮かばなかった。
こんなことを妻に言ってもしかたあるまい。
私たちはまだ新婚なので、夜の営みを月曜夜ということにして、すこしでも楽しむようにするのだった。