阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「窓」瀧なつ子
やかましい工事がやっと終わり、隣に新築の家が建った。
自宅でフリーランスの仕事をしている私にとってはなかなかの迷惑だったが、挨拶に来た夫婦が礼儀正しく丁寧だったので、忘れることにする。
それにしても驚きなのは、その夫婦の新妻だ。
どう若く見積もっても三十後半だと思ったのに、まだ二十七歳だという。化粧気もなく、ボサボサの眉。野暮ったいチェックのシャツに、でーんとしたウエスト周りが浮き彫りのジーンズ。
私の四十代の妻のほうが、まだ色気がある。
夫のほうは四十五歳の歯医者で、なんでも結婚相談所で出会ったのだという。
彼らの寝室が、私の仕事部屋から丸見えだと気がついたのは、引越しの翌日だった。
仕事部屋は二階。隣家と並ぶ形で机を置いてあり、椅子に座って左手の窓を見ると、隣の階下のベッドが丸見えだ。カーテンはついているようだが、昼間は開け放している。
そんなつもりはなくても、寝室に誰かいると目がいってしまう。
あの野暮ったい新妻がそこで着替え始めたものだから、焦った。
だが、気持ちとは裏腹に、細くした私の目は窓をのぞく。
ジーンズの下の、ベージュのガードル。妊婦ではなさそうだが、張り出ただらしない下腹には赤くガードルの跡がついている。
――無用心なのが悪い。カーテンを閉めろよ。
私は、自分の罪悪感に気がつかないふりをした。
新妻の油断した着替えは、毎日続いた。
決して、美しいものではない。
こちらが厚くカーテンを引いてしまえば良い話だ。それなのに。
私は、新妻へののぞき行為を、やめることができなかった。
二週間ほどたったある日、意外なことが起こった。
新妻の下着が、変わったのだ。
黒地に、青いレースが付いた上下のセット。くるりと後ろを向いたときに、ショーツがほんのり透けているのが見えた。
なんと、挑戦的な。
いまさら夫の趣味に、応じたのだろうか。そろそろ、マンネリになる時期かもしれない。
彼女はその日以来めったにベージュの下着をつけなくなった。ピンク、パープル、薔薇の刺繍、紐のように細いショーツ……。
やがて、いつのまにか彼女が痩せているのに私は気がついた。毎日見ていたのではっきりしなかったが、今では腰周りにくびれのようなラインがある。
私の妻が買い物で不在にしているとき、隣の新妻が回覧板を持ってきた。
玄関に出ると、毎日裸体を見ている女が服を着て立っていた。
近くで見ると、彼女が化粧をしているのがわかった。髪も前より艶やかで、さらりとまとまり美しい。装いも流行りの肩の出た服に、ふわりとしたスカートを履いている。
「ああどうも。あの、なんか雰囲気が変わりました?」
「そうですか?四月から、社会人枠で大学に通い始めたんです。前より外に出るようになったから、身だしなみには少し気をつけるようになったかもしれないです」
流暢に笑顔で答える新妻は、明らかに社交性も増していた。
――そうか、大学か……。でも、それだけで下着まであんなに大胆になるのだろうか。
決定的なことを目の当たりにしたのは、その翌日だった。
昼下がり、気配がしていつものように窓を見やる。
女が笑っている。
一人ではない。そばに男がいた。
夫ではなかった。彼女より若そうな、まだ二十歳そこそこに見える、ハンサムな男。
息を飲んで成り行きを見守っていると、男はすぐに女をベッドに押し倒した。
されるがままの女。
大胆に服がはがされ、オレンジ色の下着が世界に唯一の色のように目に飛び込んでくる。
男は女の身体に夢中だ。
うっとりしていた女が、急に表情を変え目を見開く。
女の目が、すっと動き、私の目とあった。
女に射止められたように、息が止まる。
見ている。
私を。
知っていたのだ、彼女は。
私が見ていることを。
見せつけるかのような行為は、続く。
ショーのように。いつまでも。