文章表現トレーニングジム 佳作「素敵な誤解」高村晴美
第17回 文章表現トレーニングジム 佳作「素敵な誤解」高村晴美
「アンタ、学校は?」
「ズル休み」
母は、うれしそうに「バカだね」と言いながら笑った。
わたしは61歳。髪はグレーになり、目じりにはシワもある。
母は車イスに座っている。もう自分の足で歩くことは、できない。
しかし、そんなことを母は、なげいたりしない。
施設に父とふたり入ったときは、歩くことも、今日の日づけも理解していた。
病に倒れてから、少しずつ、昔の母はいなくなってしまった。
わたしを見る目は、幼子が母親の姿を追うような目だ。
ある夜、「アンタ、いっしょに寝なさい」とベッドの布団をめくって指さした。
「お父さんといっしょに寝れば」とわたしが言うと、「おとことおんなだからダメ」と、真顔で言った。わたしは、その返答が余りにおかしくて、大笑い。
母は今、幸せなのだろう。
世の中が、メチャクチャでも、うそが大手をふって歩いていても、そんなことは、どうでもいいのだ。
わたしは、どうやら小学生と思われているらしい。いいな、いいな。すてきな誤解。
お母さん、そのままでいて、笑っていて。
世の中にこんなすてきな生き方あるんだね。