阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「ピアスは首筋に」万年少女
小夜子の部屋で夜が更けた。
「ね、お願い」
小夜子が俺にしなだれかかって言う。その手にはピアスの穴開け機が握られている。
「またかよ」
俺はため息をつく。
「そんなこと言わないで。あたし、体中にピアスを付けたいの。石とか金属とか身に付けてると、安心できるんだもの」
「でもなあ。俺にはちっとも旨味が無いんだよ。穴あけ機であけたってなあ」
俺はつい愚痴っぽく言ってしまう。
「いいから早く。今日は首筋にお願い」
「首筋かよ。参ったなあ。ますます欲求不満になるよ」
しかし小夜子は気にも留めないようで、髪をかき上げて白く細いうなじを差し出す。腹立たしいが言っても始まらない。気を取り直して、彼女の首筋の皮を薄くつまんで持ち上げた。ガチン!という音と同時にピアスが皮膚を貫通した。滲み出る血に口を近づけると、彼女は手で俺を押しやった。
「はい、ありがとう。ごめんね、今、ちょっと、貧血気味だから」
そう言って立ち上がると、お茶入れるわね、と隣のキッチンでお湯を沸かし始めた。
「ねえ、今度はダイヤのピアスが欲しいな。ダイヤって、地球上で一番硬い鉱物でしょ? 素敵じゃない」
「人を散々焦らせといて、今度はおねだりかよ。やめてくれ。破産しちまう」
俺はぶっきらぼうに言った。
「怒ってるの? だってしょうがないんだもの。私、ほんとに貧血なの」
俺はむっつりと煙草に火をつける。しばらくしんとしていた。
ガチャン!
突然台所で音がした。台所を覗くと、カップの破片が散乱し、小夜子が倒れている。破片で切ったのか、手から少し血が出ている。お湯も少し掛かったようだ。
「おい、小夜子! 大丈夫か? しっかりしろ!」何度呼んでも、彼女は青白い顔をして、ぐったりしていた。やはり彼女の言うように貧血か。病院に連れて行かねば。夜道を急いで病院に向かった。
病院の廊下は薄暗く陰気だった。しばらくすると、小夜子の寝かされている部屋に通された。ベッドは全部で4つあったが、他のベッドは空だった。
「今、検査中ですが、傷は大したことはありません。火傷の方も大丈夫です」
医者が来て言った。年増だが美人の女医だった。
「そうですか。よかった」俺はホッと一息ついた。
「ですが、少し気になることがあります。体中に小さな穴が開いているのです」
女医は少し怪訝な顔をして言った。どうやら体を細かく調べられたようだ。
「ああ、あれはピアスの穴です。彼女、ピアスを付けることで精神的に安定するようなのです。それでいつも、俺が穴をあけてやるのです」
「なぜあなたがそんなことをするのですか?」
「それはその、多少のメリットがあるからですが……」
「首筋からは、血が出てるようですが」
「あ、あれはその、首筋のピアスはさっき開けたところで」
女医の目つきが少しきつくなった。そこに看護師がやって来て、検査結果です、と言いながら紙切れを女医に渡した。
「やはり貧血です。貧血を起こすほど、あなたは彼女にそういうことを指せたと言う事ですね。それは一種のDVと考えられます」
「え? DVなんて、違います。あれは、彼女の方から穴をあけてくれと言うから……」
「言い訳は警察でしてください」
女医が傍の看護師に向かって頷き、看護師は踵を返した。
「ちょっと待ってください」
俺は叫んだが看護師は聞く耳を持たず、すでにもう部屋を出ようとしていた。やばい。面倒なことになる。そう思った瞬間、俺は電光石火の速さで看護師に追いつき、首筋に噛みついていた。ぐったりした彼女をベッドに放り出すと、間髪入れずに傍で固まっている女医の首筋にも噛みついた。
確かに俺は、小夜子からピアスをあける際に出た血をもらってはいたが、そんなのは舐める程度だ。彼女の貧血と俺の吸血とは何も関係が無い。ずっと欲求不満だったのに、言いがかりも甚だしい。
「ああ、やはり、首筋から直に吸う血はうまい」
俺は思わずそう口にしていた。