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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「二倍の穴」安藤一明

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第39回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「二倍の穴」安藤一明

日曜日は決まってテレビのゴルフ中継を観る。それが俺の休日の楽しみだった。

リビングの緑のカーペットの上に横になって、カーテンが開いた窓から射しこむ午後の陽光を浴びながら缶ビールを傾ける。

そのリラックスした大切な時間は突然の妻の命令によって破壊された。

「ねえ、あなた。今、暇でしょ」

「いや、ゴルフを観てるんだ」

「それは暇ってことよ。ねえ、家の裏に大きな穴があるでしょ。あれを埋めてくれない」

確かに我が家の裏には直径二メートルほどの穴が開いている。もちろん七歳の長男が落ちないように厳重に木の板で蓋をしてある。

「あなたも知ってると思うけど、あの子は穴に興味があるみたいなの。もし、蓋を外して落ちたら大変よ。だから埋めてちょうだい」

あの穴がどの程度の深さがあるのか俺は知らない。ただ、穴は底が見えないくらい深い

俺が子供の頃から穴はあった。そして、穴には面白い話がある。

かなり前に亡くなった祖父が話してくれた。

「あの穴は二倍の穴というんだよ。放り込んだ物が二倍になって返ってくるんだ。私も一度だけ試したことがある。チョコレートを一個放り込んだんだ。すると、数秒後に穴からチョコレートが二個飛び出したんだ」

同じ経験を親父もしたらしい。

もちろん、祖父も親父も俺を楽しませるために作り話をしたのだろう。

そんなことを考えていると妻が厳しい口調で言った。

「ゴルフなんてどうでもいいわ。早く穴を埋めてよ」

「わかったよ。わかった」

俺は渋々、立ち上がりテレビを消した。

とりあえず穴を見てみよう。

俺が靴を履きに玄関に向かうと、妻が俺の背中に向けて文句を言った。

「あなたはいつでも仕事に対する意欲が足りないのよ。だから昇進もできないんだわ」

いつもながら妻は口うるさい。皮肉ばかり言うのだ。確かに辟易するが俺には離婚する勇気もなかった。

 

家の裏にまわり、穴を塞いでいる木の板を外してみる。

二倍の穴か……。下らない迷信だと思うが、少し興味もあった。

俺は試しに近くの小石を拾って穴に落としてみた。数秒後に穴から小石が二つ飛び出してきた。

嘘だろ……。本当に二倍になったぞ。

俺は自分の部屋に行って、財布から五百円玉を一個持ってきた。五百円玉を穴に放り込む。すると今度は五百円玉が二つ飛び出てきた。

これには俺も腰を抜かしそうなほど驚いた。

祖父と親父の話は本当だったのだ。

そのとき俺が考えたことは、誰でも思いつくことだった。入れた物が二倍になって返ってくる穴。その最高の利用法はただ一つ。

もっと高額の金を入れるのだ。この穴さえあれば俺は億万長者にもなれる。

再び、自分の部屋に行き、財布の中の全ての紙幣を取り出す。さらにキッチンに行くとテーブルに妻の財布が置いてあったので、そこからも紙幣を数枚抜いた。長男の部屋に入ると、勉強机の上に赤いポストの形の貯金箱が載っていた。

俺は全部で八万円ほどの紙幣と長男の貯金箱を持って家の裏に向かった。

あの穴の不思議な力で八万円と貯金箱は二倍になって返ってくるはずだ。

そして、何度もそれを繰り返せば世界一の金持ちになれるだろう。

急いで家の裏に行くと、俺は信じられない光景を見た。

穴のそばに二人の女が立っていた。二人とも全く同じ顔で体型も衣服も同じ。

どちらの女も妻だった。

片方の妻が俺に説明した。

「不思議なのよ。穴に近づいたら転んで落ちちゃったの。私、死ぬかと思ったわ。でも、気がつくと穴の外にいたわ。そして、私が二人になってたの。あなた、これからは二人の優しい妻を持てて幸せね」

俺は口うるさい妻二人と暮らすはめになったのだ。

その後、八万円と貯金箱を穴に入れてみたが、何も返ってこなかった。どうやら穴の持っている不思議な力を使い果たしてしまったようだ。

俺は二倍に増えた妻の皮肉を聞きながら暮らすことになった。

さらに長男と二人の妻は、大切な自分の金を俺に奪われたことに憤慨した。