文章表現トレーニングジム 佳作「熱虫生」嘉久記章
第15回 文章表現トレーニングジム 佳作「熱虫生」嘉久記章
一年のうち、最高に盛り上がるはずの真夏。
どこにいても、一人ぼっちだった。もう数えるのも嫌なほど大学浪人を続けていた。親類は呆れ、ご近所からはもの笑いのたねにされ、うっとうしくて、友人さえも寄りつかない。
寂しかった一日を終え、また寂しい一日を待つ真夜中。カサカサという物音で目がさめた。暗闇の中、手探りで電灯のスイッチを入れる。寝ていた布団のすぐ横を、黒光りするゴキブリがはい回っていた。
怖さとおぞましさで半ばパニックに陥り、枕元にあった文庫本を投げつけると、ものの見事に命中! ゴキブリ君はお陀仏様となられて昇天した。これにて一件落着、めでたしめでしたとなるはずが、そうはならなかった。
電灯を消すたびに新手ゴキブリが出現し、そのたびに文庫本を投げ、一晩で十五匹仕留めた。
眠いし、くたくたに疲れ、つぶすたびに死骸を処分し、掃除するのがほとほと面倒くさい。
なのに、なぜだか楽しかった。ゴキブリは友でも味方でもない。倒すべき外敵だ。だけど、全力で戦っている間だけは一人じゃなかった。あれほど感じていた寂しさもまるで感じなかった。
やっと気づいた。俺は浪人していても一人ぼっちじゃないと。少なくとも俺には合格を競うライバルがごまんといるじゃないか!
新しい一日が来た。つらい受験勉強でも、昨晩みたいに全力でやってみようと思った。そう、寂しさを感じる暇もないくらい無我夢中で。