文章表現トレーニングジム 佳作「奇妙な静寂」倉井一豊
第15回 文章表現トレーニングジム 佳作「奇妙な静寂」倉井一豊
夏の宵、仕事を終えた私は自宅マンションへ急ぎ、ドアの鍵を開けたがチェーンがかかり中に入れず、ただ部屋の電気はついているものの、何度呼びかけても奇妙な静寂が漂っているだけ。
もし妻と二歳の娘が出かけているなら、電気もチェーンもおかしいと胸騒ぎしながら、裏のベランダ側へも回ったが、やはり二階の自室電気はついているものの人の気配がない。
仕方なく私は近所の喫茶店に入り、三十分後、店内公衆電話から自宅へ電話を入れたが誰もでない。
いよいよ不安が増幅し、不穏な空想まで浮かぶ中、〈このままなら警察か〉と意を決し、再度自宅を目指した。
そして玄関を開けたが状況は変わらず、心臓が大きく鳴る中、ベランダ側へ回ると妻の顔が見えたのである。
「まま!」
私が叫ぶと、気づいた妻が苦笑いで答える。
「私がガラス戸閉めてベランダで洗濯物干してたら、部屋にいた恵がこっちへ来ようと、戸の鍵につかまった瞬間、鍵が締まっちゃって。その為戸が開かず恵は大泣きし続けるだけ。私が手振りで開け方を教えるも理解できず。その内恵は泣き疲れて寝てしまい、私はベランダに取り残されてしまったわけ」
先程ベランダに見えなかったのは、座り込んでいた故との事。
妻の返答に納得し安堵した私は、管理人の助言で外からチェーンを切断しようやく部屋へ入れた。
そして座布団上で寝る娘に毛布をかけ、ガラス戸の鍵を開けると妻は
「冬だったら凍死してたかも」
との本心に安堵を込めた。