文章表現トレーニングジム 佳作「ゆっことまっちゃん」 みなみかぜ
第12回 文章表現トレーニングジム 佳作「ゆっことまっちゃん」 みなみかぜ
彼は私を「ゆっこ」と呼び、私は彼を「まっちゃん」と呼んだ。
上司と部下の関係だった松山さんと私が男女の関係になったのは、私が転職して一年半を過ぎた頃だった。きっかけは、プロジェクトの打ち上げで酔いつぶれた私を、彼が自宅まで送ってくれたこと。
ロマンチックでも、ドラマチックでもない。ありふれた話だ。
ただ一つの問題は、彼が既婚者だったことにある。
交際がスタートして半年後、彼から吉報が届いた。元奥さんとの間で離婚が成立したというのだ。これで、唯一かつ巨大な障壁は解消。隠れて悪いことをし続けてきた私は、自分を追い詰めていたいた罪悪感から解放された。
それから、私たちは、ゆっくりと、確実に、愛を育んでいった。
そして、さらに四年後。入籍を約束した日の前日の深夜に、まっちゃんからの電話が鳴った。人妻目前の私は、ラブラブな会話を期待して、急いで電話をとった。
しかし、数分後に待っていたのは、味わったことのない絶望だった。彼は離婚なんてしていなかったのだ。
結婚を考える女性にとって、二十五歳から三十歳までの五年間は、重みのありすぎる五年間ではないだろうか。
さよならの日。彼は私を「ゆっこ」と呼び、私は彼を「マツヤマサン」と呼んだ。