文章表現トレーニングジム 佳作「母への挑戦状」 ワレモコウ
文章表現トレーニングジム 佳作「母への挑戦状」 ワレモコウ
高校生の頃だったと思う、母から、ちょっと嫌な話を聞かされた。「とうちゃんは、あんたたちが小さい時、女の人から手紙をもらっちょったんよ」と、いきなりの告白である。
まだ、その年では聞きたくない話だ。しかし、母は、私の思惑など考えずに、滔滔としゃべった。父はそこにいないのだが、声をひそめてストレートにしゃべった。その手紙の内容が、要約すると「殿方は、子供がかわいくても、奥方がきれいでも、時々、道端の雑草にも心うばわれる事をお忘れなく」と文を締め括っていたそうだ。通勤列車で、父の事を毎日見ていたらしい。父の、ポケットに手紙を入れていたが、父は知らないという。そこは信じたかった。母の為にも…今は、父もいなくなってしまった。母と米寿を向かえようとしている今は、「果物が食べたい、寿しが食べたい」と食欲旺盛な老人になっている。
いろいろな事をのりこえて来た母に、「よく、がまんしたね」と言うと静かに笑った。
その、手紙はたぶん父へのラブレターではなく、母への挑戦状みたいな物だったのだろうか、今は、遠い昔のお話になってしまった。