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選外佳作「パラソルシュート 林一」

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第29回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「パラソルシュート 林一」

「速報です。アメリカ航空の一九四便が、太平洋沖で墜落し、乗員乗客二九〇名が死亡、十七名が行方不明となっております。なお、日本人と思われる乗客は確認されておりません」

出張先のホテルのテレビから流れてきたその悲惨なニュースは、仕事柄よく飛行機に乗る私にとって、とても他人事とは思えないものだった。

飛行機は世界一安全な乗り物とはよく言われているが、私はその言葉を素直には信じられなかった。確かに、飛行機の墜落事故は車などの交通事故と比べたら圧倒的に少ないと思う。しかし、車の事故なら軽い怪我で済むことも多いが、飛行機は墜落すると、中の人はほぼ間違いなく死んでしまう。そこが飛行機事故の一番怖い所だ。

テレビなんてつけるんじゃなかった。明日も朝から飛行機に乗らなければならないと言うのに……。

翌朝、七時にセットしておいたアラームを鳴る前に止めた。結局一睡も出来なかった私は、普段あまり飲まないコーヒーでなんとか眠気を誤魔化しながら簡単に化粧を済ませると、タクシーで空港へと向かった。

空港に到着し手続きを済ませた後、まだ時間があったのでお土産でも買おうかと売店に行くと、そこにはなぜか大量に傘が売られていた。何で空港で傘を? と疑問に思っていると、店員さんが話しかけてきた。

「お客さん、パラソルシュートおすすめですよ」

「パラソルシュート?」

「この傘の名前です。お客さん、昨日のアメリカ空港の墜落事故はご存じですか?」

「ええ、知ってますけど」

「飛行機は世界一安全な乗り物と言われておりますが、それでも一〇〇パーセント安全とは言い切れません。あのような墜落事故が起きてしまえば、ほぼ確実に亡くなってしまうでしょう。しかし、このパラソルシュートさえあれば心配いりません。このパラソルシュートにはパラシュートの機能がついておりまして、万が一飛行機が墜落したとしても、飛行機からパラソルシュートを広げて飛び下りれば助かります。しかもこのパラソルシュート、かなり頑丈な作りになっておりますので、どんな強風でも絶対に折れません。なので普段使いの傘としてもおすすめですよ」

飛行機事故が心配で一睡も出来なかったような私にとって、このパラソルシュートを買う以外の選択肢は考えられなかった。

「買います!」

「ありがとうございます。色はどれになさいますか?」

「じゃあこのピンクのでお願いします」

「パラソルシュートの持ち手の部分に名前を彫るサービスがあるのですが、いかがなさいましょうか?」

「お願いします。田中と入れてください」

「かしこまりました。少々お待ちください」

数分後、自分の名前入りのパラソルシュートを受け取ると、丁度いい時間になったので搭乗口へと向かった。

搭乗口で並んでいる人達の中にもちらほら、パラソルシュートを持っている人を見かけた。きっと私と同じように、昨日のニュースを見て不安になった人が買ったのだろう。

列が動き出し、いざ機内に乗り込もうとすると、係員さんから声をかけられた。

「パラソルシュートをお持ちのお客様は、化粧室の横にパラソルシュート専用の傘置き場がございますので、こちらをご利用くださいませ」

そういえば、ちょっと前から化粧室の横にかごみたいなのが置いてあった気がする。あれ、てっきりゴミ箱かと思ってたけど違ったんだ。

係員さんに言われた通り傘置き場にパラソルシュートを置くと、座席に座りリクライニングを倒した。寝不足と、事故が起きてもパラソルシュートがあるから大丈夫という安心感からか、私はあっという間に深い眠りへと落ちていった。

私は、その切羽詰まったアナウンスで目を覚ました。

「繰り返します! 緊急事態です! エンジンの故障により、当航空機は墜落します!」

乗客達が混乱する中、私は冷静だった。なんてったって私には、さっき買ったばかりのパラソルシュートがあるのだ。

私は揺れる機内を慎重に歩いて、傘置き場へと向かった。

しかし、傘置き場には私のピンク色のパラソルシュートどころか、他にも十本程あったはずのパラソルシュートが一本も残っていなかった。

私は大事なことを忘れていた。傘は簡単に盗まれるということを……。