選外佳作「ウソつきリナ 小林あみ」
赤いリボンの麦わら帽子をかぶっていたから、小学一年生の夏休みだったはずだ。その頃、私は近所に住んでいたリナという2つ年上の女の子とよく遊んでいた。リナはきのこが大好きだった。食べるのが好きなわけではなく、きのこのモチーフを集めていた。
「きのこグッズを見つけると、すぐに欲しくなっちゃう」
その通り、リナのカバンやハンカチはきのこ模様が多かったし、リナの机の上には木製のきのこが三つ並んでいた。
「かわいいでしょう。小物入れなのよ」
リナはきのこの赤いかさを持ちあげて、じくの中を私にのぞかせてくれた。そこは小さな空洞になっていて、金色のきのこのネックレスが入っていた。高さが十センチほどで、他に空色と茶色のかさのきのこがあった。
空色のかさを開けると、こちらにはきのこのブローチが入っていた。リナがこのブローチをつけているのを以前見たことがあった。
次に私が茶色のかさに手を伸ばすと
「さわっちゃだめっ。これは特別なの」
リナは乱暴に私の手を振り払った。正直、私はきのこには全く興味がなかったが、ネックレスとブローチが入っているのを見た後だったので、その特別なきのことやらに何が入っているのか知りたくてたまらなかった。荒っぽい態度をとられたことで、私は多少面白くなかったが、それより好奇心が勝っていた。
「そっとさわるならいいでしょう?」
「だめっ」
リナは強い口調で言うと、茶色いきのこを本棚の一番上の棚に移してしまった。ちびの私には手が届かないところだ。その手つきがいかにも大事なものを扱う時の丁寧なものだったので、私に対する乱暴さがさらに際立った。それが私をムキにさせた。
「なんかいいものが入っているんでしょ?だから見せてくれないんでしょ?」
「ちがう。何も入ってないよ」
「空っぽなら触らせてくれるはずでしょ。リナはウソついてるんだ」
「ウソついてないもん」
「ウソつきリナ!もう遊ばない」
私は麦わら帽子をひっつかむと、頭をぐいと押し込みリナの家を飛びだした。夏の太陽に照らされて、私は家まで走っった。汗がつつぅと顎まで流れたの感触を覚えているが、あれは涙だったのかもしれなかった。
リナとは遊ばないまま夏は過ぎていった。始業式の日はまだ夏の暑さであって、学校から帰ってきた私は扇風機の風に向かって
「あ~~~~」
と声を震わせ一人で遊んでいた。
そこへリナがお母さんと一緒にやって来た。リナのお母さんは私の母に、明日カナダへ引っ越すのだ、と話していた。
帰り際にお母さんに背中を押されて、リナが一歩前に出た。
「今まで遊んでくれてありがとう。これ、あげる」
リナが紙袋から取り出したのは、あの茶色いきのこの小物入れだった。
「これ、リナの特別な・・」
受け取っていいものか迷っている私にリナは微笑んだ。
「私は大きくなっちゃったからもういいの。カナダにも遊びにきてね」
そういうと、小さく手を振って行ってしまった。その後、私がカナダに行くことも、リナが戻ってくることもなかったので、以来リナには会っていない。小物入れはずっと空っぽのままだった。
私は大人になり、結婚し子どもを産んだ。小物入れはついてきて、いつもどこかにちょこんとあった。
娘がまだ幼稚園にも通わない年齢だったある日のこと。娘がきのこを欲しがったので渡してあげると、機嫌よく一人で遊んでいた。
一仕事終えた私が一緒に遊ぼうときのこの茶色のかさに手を伸ばすと、娘は
「さわっちゃだめ」
と乱暴に私の手を振り払った。それは遠く昔、あの夏の日のリナの姿と重なった。
「こびとちゃんのきのこなの。こびとちゃんはここにすんでいるんだって」
私は娘の言葉を全く不思議に思わなかった。頭の中でかつて聞いたリナの言葉が甦った。
「これは特別なきのこなの」
「私は大きくなっちゃったからもういいの」
リナがうそつきではないことは私にはとっくに解っていたが、この時初めて、リナと娘が何を見たかを私は知った。
出来ることなら私も会いたかったが、友だちをうそつき呼ばわりした子どもの前には姿を現したくなかったのだろう、きっと。