佳作「完璧な家政婦 青川倫子」
友人からアンドロイドが完成したと連絡があった。人工知能を搭載したアンドロイドだ。見学にこないかと誘われた。仕事がおわってから研究室へ行った。すっかり夜になっていた。
「おめでとう。長年の研究の成果だな」
「来てくれてうれしいよ。さっそくアンドロイドを紹介しよう」
友人はにやりと笑うと奥のドアをあけた。そこに立っていたのは、二十代くらいの女性の姿をしたアンドロイドだった。色白で華奢な体つきをしていた。長い髪はうしろでひとつに束ね、メイド服を着ている。
「すごいな。どう見ても人間と変わらない。ここまで技術は進歩したのか」
「ああ、長くかかったけどな」
「どうしてメイド服を着ているんだ?」
「家政婦用アンドロイドだからだ」
「名前はなんていうんだ?」
「タミと名づけた。こう見えて二百キロの重量まで持てるんだぞ」
友人は誇らしげに言うとつづけた。
「モニターのバイトをしないか?」
聞くと一ヶ月タミさんに家政婦をさせ、終了後にアンケートに答えるだけのバイトだ。四十七歳で独身のわたしにとって申し分ないバイトだ。
「それはいい話だな。引きうけるよ」
「ただ、ひとつ約束をしてくれ。タミに愚痴は言わないでほしい」
「どうして?」
「動作確認したいところがあるんだ。その点では未完成だな」
そう言うと友人は笑った。しかし、わたしは上の空で聞いていた。アンドロイドのタミさんに、一目惚れをしたからだ。
タミさんは毎日すべての家事を要領よくこなした。散らかっていたわたしのマンションの部屋は、たちまち居心地のいい空間となった。
ある日、会社へ行こうとすると雲ひとつない晴天なのに、タミさんが折りたたみ傘を差しだした。
「ご主人さま、今日は傘をお持ちください」
「今日は降らないよ。ほら、天気予報どおり晴れだ」
まぶしい空を見あげた。
「いいえ。夕方から雨になります。お持ちください」
タミさんは心配そうな表情だ。折りたたみ傘はたいして荷物にならないと思い、うけとった。夕方、部長と営業にでていたら雨が降りだした。さっきまで晴れていたのがうそのようだ。まわりのひと達は、一斉に建物へとかけだした。わたしはタミさんが持たせてくれた折りたたみ傘をひらいた。部長とふたりで使うつもりだった。
「用意がいいじゃないか。入れてくれ」
部長はそう言うと、わたしから傘を奪って歩きだした。あわてて傘のなかに入るが部長は気にとめない。わたしの肩が、あっという間に雨で濡れた。スーツの色が、濃く染まりひろがっていく。髪からしずくがおちた。持っていたカバンを強く握りしめる。会社の帰り、わたしはめずらしくひとりで酒を飲んだ。
酔って家へ帰ると、タミさんがいつものようにマンションの下で出迎えてくれた。
「ご主人さま、傘をお使いにならなかったのですか?」
雨はやんでいた。髪は乾いたがスーツはだいなしだ。タミさんは悲しそうな表情をしている。
「使ったよ。部長がね」
自嘲気味に笑った。飲みたりなくて家でも酒を飲んだ。
「タミさんはすごいな。気象予報士みたいだ」
ソファに座り酒をあおる。
「お役に立てず申し訳ございません」
「謝らないでくれ。タミさんは悪くない。悪いのは力のないわたしだ」
タミさんはわたしの隣へ座った。
「部長も変わったな。まえはあそこまで露骨な態度をしなかった。自分がやりたくない仕事をおしつけたりするようにもなったな」
タミさんはなんども頷いて聞いてくれた。力強い味方ができたようで、うれしかった。嫁をもらうとこんな感じなのだろうか。タミさんがずっと傍にいてくれたらという思いがよぎった。
つぎの日、会社へ行こうとするとタミさんがわたしを引きとめた。空は青くまぶしい。また予報はずれの雨が降るのだろうか。そう思って待っていると、タミさんがマンションからでてきた。お姫さま抱っこをするように、なにかを抱えている。
「ご主人さま、権力の笠としてお使いください」
そう差しだしたのは、我が国の総理大臣だった。