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佳作「完璧な家政婦 青川倫子」

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第29回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「完璧な家政婦 青川倫子」

友人からアンドロイドが完成したと連絡があった。人工知能を搭載したアンドロイドだ。見学にこないかと誘われた。仕事がおわってから研究室へ行った。すっかり夜になっていた。

「おめでとう。長年の研究の成果だな」

「来てくれてうれしいよ。さっそくアンドロイドを紹介しよう」

友人はにやりと笑うと奥のドアをあけた。そこに立っていたのは、二十代くらいの女性の姿をしたアンドロイドだった。色白で華奢な体つきをしていた。長い髪はうしろでひとつに束ね、メイド服を着ている。

「すごいな。どう見ても人間と変わらない。ここまで技術は進歩したのか」

「ああ、長くかかったけどな」

「どうしてメイド服を着ているんだ?」

「家政婦用アンドロイドだからだ」

「名前はなんていうんだ?」

「タミと名づけた。こう見えて二百キロの重量まで持てるんだぞ」

友人は誇らしげに言うとつづけた。

「モニターのバイトをしないか?」

聞くと一ヶ月タミさんに家政婦をさせ、終了後にアンケートに答えるだけのバイトだ。四十七歳で独身のわたしにとって申し分ないバイトだ。

「それはいい話だな。引きうけるよ」

「ただ、ひとつ約束をしてくれ。タミに愚痴は言わないでほしい」

「どうして?」

「動作確認したいところがあるんだ。その点では未完成だな」

そう言うと友人は笑った。しかし、わたしは上の空で聞いていた。アンドロイドのタミさんに、一目惚れをしたからだ。

タミさんは毎日すべての家事を要領よくこなした。散らかっていたわたしのマンションの部屋は、たちまち居心地のいい空間となった。

ある日、会社へ行こうとすると雲ひとつない晴天なのに、タミさんが折りたたみ傘を差しだした。

「ご主人さま、今日は傘をお持ちください」

「今日は降らないよ。ほら、天気予報どおり晴れだ」

まぶしい空を見あげた。

「いいえ。夕方から雨になります。お持ちください」

タミさんは心配そうな表情だ。折りたたみ傘はたいして荷物にならないと思い、うけとった。夕方、部長と営業にでていたら雨が降りだした。さっきまで晴れていたのがうそのようだ。まわりのひと達は、一斉に建物へとかけだした。わたしはタミさんが持たせてくれた折りたたみ傘をひらいた。部長とふたりで使うつもりだった。

「用意がいいじゃないか。入れてくれ」

部長はそう言うと、わたしから傘を奪って歩きだした。あわてて傘のなかに入るが部長は気にとめない。わたしの肩が、あっという間に雨で濡れた。スーツの色が、濃く染まりひろがっていく。髪からしずくがおちた。持っていたカバンを強く握りしめる。会社の帰り、わたしはめずらしくひとりで酒を飲んだ。

酔って家へ帰ると、タミさんがいつものようにマンションの下で出迎えてくれた。

「ご主人さま、傘をお使いにならなかったのですか?」

雨はやんでいた。髪は乾いたがスーツはだいなしだ。タミさんは悲しそうな表情をしている。

「使ったよ。部長がね」

自嘲気味に笑った。飲みたりなくて家でも酒を飲んだ。

「タミさんはすごいな。気象予報士みたいだ」

ソファに座り酒をあおる。

「お役に立てず申し訳ございません」

「謝らないでくれ。タミさんは悪くない。悪いのは力のないわたしだ」

タミさんはわたしの隣へ座った。

「部長も変わったな。まえはあそこまで露骨な態度をしなかった。自分がやりたくない仕事をおしつけたりするようにもなったな」

タミさんはなんども頷いて聞いてくれた。力強い味方ができたようで、うれしかった。嫁をもらうとこんな感じなのだろうか。タミさんがずっと傍にいてくれたらという思いがよぎった。

つぎの日、会社へ行こうとするとタミさんがわたしを引きとめた。空は青くまぶしい。また予報はずれの雨が降るのだろうか。そう思って待っていると、タミさんがマンションからでてきた。お姫さま抱っこをするように、なにかを抱えている。

「ご主人さま、権力の笠としてお使いください」

そう差しだしたのは、我が国の総理大臣だった。