佳作「サニーデイ 瀧なつ子」
小学四年生のとき、私は初めて転校をしました。
新しいクラスで、先生が私を紹介してくれたとき、クラスメイトのほとんどはキラキラした瞳で私のことを見ていました。
ちょうど雨の季節で、それは窓に煌く雨粒のようでした。
その中でひとりだけ、ちょっと首をかしげて私を見ている女の子がいました。その子はおかっぱの髪で、左手をほっぺにあてて机に肘をついています。
休み時間になると、数人の女の子たちが私のところへやってきて、色々と話しかけてくれました。
おかっぱの女の子は休み時間なのに誰とも話さずに、相変わらず左側で頬杖をつきながら外の雨を眺めています。
私は、先生がくれた座席表を見てみました。
その子の席には「玉野弥生」と書いてあります。
私たちが下校する頃、しとしと降っていた雨はすっかりやみ青空が広がっていました。
慣れない通学路をまだ少し心細く思いながら歩いていると、前のほうに紺色のかさをさして歩いている人がいます。
――晴れているのに、なんでだろう。
不思議に思って、ちょっと足を速めて近づいてみました。
かさをさしているのは、あのおかっぱの玉野さんです。
玉野さんは、長靴の足で水たまりを飛び越えたりしながら黙々と歩いています。
「もう雨ふってないよ」
思い切って私は、玉野さんの横に並んで言いました。
「知ってるー」
玉野さんの声は、思ったよりも高くて可愛い感じでした。
「じゃあなんでさしてるの」
「かさ、好きだから」
足元を見ながら歩く玉野さんの髪が揺れたとき、私は玉野さんの左のほっぺに、あざとひきつれのようなものがあるのに気がつきました。
――ああ、それで左側を隠しているんだ。
ちょっと気にはなりましたが、私はそのことについて聞くことはしませんでした。
玉野さんの家は、私の新しい家と方向が同じで、だんだんと一緒に帰ったりするようになりました。
玉野さんは他の人と話すことは少ないけれど、決して暗い人ではありません。二人でいるときは、お笑い芸人の真似をしたりしてくれる楽しい人でした。
でも、やっぱり顔のあざはとても気にしているようで、晴れの日も雨の日も外を歩くときはかさをさします。
私もときどき、晴れているのにかさをさして、玉野さんと一緒に遊びました。
やがて、玉野さんではなく弥生ちゃんと呼べるようになった頃、私はまた引っ越さなくてはいけなくなりました。
クラスのみんなは泣いてお別れをしてくれたけど、弥生ちゃんだけははちょっと笑って元気でね、と言ってくれました。
引っ越す日の朝、ポストに手紙が入っていることに気がついたのはお母さんでした。
手紙は弥生ちゃんからです。
『あゆちゃん。今までありがとう。わたしは一年生のときにやけどをしました。それからずっと、自分の顔がいやで、みんなに見られるのもいやでした。あゆちゃんは、わたしの顔にびっくりしなかった。ありがとう。』
ぎゅうっと、胸が苦しくなりました。
お母さんに、引越しが終わったらお返事を書くように言われて、私たちはそのまま駅に向かいました。
弥生ちゃんのことで胸がいっぱいの私を乗せて、特急電車は動きだします。
窓の外は、とてもきれいな晴天です。
こんな晴れた日も、弥生ちゃんはみんなの視線を雨のように冷たく感じて、かさをさしていたんだ。
そう思ったときです。
土手に、紺色の丸いものが見えます。
あれは、弥生ちゃんのかさだ。見送りにきてくれたんだ。
私は開かない窓に張り付きました。
すると、ぱっと紺色のかさが後ろに投げ出されたのです。
若草色の絨毯の上で力強く手を振ってくれる弥生ちゃんの姿は、お日様の下輝いていました。
「弥生ちゃん、弥生ちゃん」
あのまぶしい姿を、私は新しい街での支えにするだろうと思いました。