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佳作「色違いのオフィス CHARLIE(チャーリー)」

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第11回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「色違いのオフィス CHARLIE(チャーリー)」

「井上さん。この書類、三階まで届けてくれる?」

女性の上司が斜め前のデスクから腕を伸ばし、私に、A4サイズの数枚の文書を差し出した。

「はい」

私は受け取って立ち上がる。

そして、灰色の服、灰色のデスク、灰色のパソコン、灰色の壁のオフィスをあとにした。

灰色の廊下に出る。灰色の壁に沿って歩く。

ここ、二階から三階へ上るくらい、二十五歳の私なら、階段で行くべきなのだろう。だけど私はつい横着をしてしまい、階段へ行くまでにあるエレベーターに乗ることにした。エレベーターはちょうど二階で停まっていた。

この灰色一色のビルの中で、このエレベーターの中だけが、輝くように、真っ白だ。

エレベーターが三階で停まる。白い扉が左右に開く。

私は大きなまばたきをする。なぜなら目の前には、ピンクの服、ピンクのデスク、ピンクのパソコン、ピンクの壁で囲まれたオフィスが広がっているのだ!

本当ならここは、正面には灰色の壁、足元には灰色の廊下が伸びていなくてはならない。

ふと。私は自分が着ている制服に目を遣る。

ベストも、膝丈のスカートも、ピンク色だ!

これもさっきまでは灰色だったのに……。

そして、眼前には壁はなく、オフィスが開けている。

「井上さーん」見知らぬ女性が立ち上がり、私に手を振っている。「書類待ってたよー」

どうやらその人に、私は上司から預かってきた書類を届ければ良いようだ。

私は取り敢えず、「お待たせしました」とその女性に言って、書類を手渡した。

頭を下げて、振り返る。

さっき乗ってきたエレベーターが、ない!

私は、ピンク色のオフィスを見回す。向こうに出入り口があるのが見える。

「井上さん、どうしたの?」

書類を受け取った女性が、立ち尽くしている私に、不思議そうな声をかけてくる。

「え、あの……。二階にはどうやって行けばいいんですか?」

私は、後ろめたさを覚えながら、尋ねた。

「どうしたのぉ? 今日の井上さんヘンだよー。奥のドアを出たらすぐ階段があるわよ。いつも使ってるでしょ?」

「あ、あはは。そうでしたね。ははは……」

私は、頭を下げてその場を去った。

言われたとおり、ピンク色の扉を開けると、ピンク色の壁と床の、廊下に出た。目の前には、真っ白な階段が伸びている。

私は首をかしげながら階段を降りた。

二階。今度は、緑色の壁と床の、廊下が現れた。一体なんなんだ!

私は目の前にある扉を開けた。予想どおり。緑の服、緑のデスク、緑のパソコン、緑色の壁で囲まれたオフィスが広がっている。

私は自分の服装を確かめた。

緑のベスト、緑のスカート……。

「あ。井上さん。お帰り。わざわざ有り難うね」見知らぬ女性が私に微笑みかけてくる。

「え、いえ……」私はその女性の席に歩み寄る。「あの……。私の席はどこでしょうか?」「井上さんどうしたの? あそこじゃない!」

その女性は苦笑いしながら、斜め前のデスクを指さした。

「あ、そうでしたね、ははは。ほんと、私、どうしちゃったんでしょうね、ははは……」

から笑いをしながら、私は席に着く。

わからない。ここはどこなんだ? 私は一体何に巻き込まれているのだ?

私は、立ち上げたままの、「自分の」パソコンの画面を見た。私は三階へ行くまでは、エクセルで、商品出荷量の伝票入力をしていた。

しかしその画面は真っ黒になっており、真ん中には、明朝体の大きな白い文字で、

「元の世界に戻りたければ、階段を使え!」

と書かれている!

そうか。二十五歳で横着をして、エレベーターを使ったバチが当たったのか……!

そのとき。

「ごめん、井上さん!」斜め前の女性の上司が、また私を呼んだ。「これ、今度は五階に届けてくれる? いつもほんと、ゴメンね」

「はい!喜んで」

私は立ち上がり、階段に向かって駆けた。

白い階段を上りきると、元どおり、灰色のオフィスが広がっていた。そして、白い階段を降りると、また灰色の景色が広がり、扉を開けると、見慣れた女性上司の姿があった。

「何度も続けてごめんねー」

上司は笑った。

灰色のパソコンの画面は、元の表計算ソフトを表示していた。