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佳作「しぃちゃんの影はまるい 酒田琴乃」

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第14回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「しぃちゃんの影はまるい 酒田琴乃」

影だけになった鳥が喧しく電線に群れるのを、わたしはじっと見ていました。ひと気のない校舎裏はとても静かで、野球部の掛け声だけが聞こえました。

「夜になるね」

背を向けたまま、しぃちゃんがぽつりと言いました。その細い脚から伸びた丸い影が、しぃちゃんの向こうに横たわっています。

「そろそろ帰る?」わたしが聞くと、しぃちゃんは膝に乗せた子猫を撫でながら、もう少しだけと言いました。

しぃちゃんは、今日も夜を待っています。

人と違うまん丸な形をした影が、帰り道で人を怖がらせることがないように。中学生になってからのしぃちゃんは神経質なくらい、人目を気にするようになりました。

わたしたちが通っていたのは全校生徒合わせても二十に満たない小さな小学校でした。入学する前からの知り合いが多かったからでしょうか、しぃちゃんの影が丸いことなんて、誰も気に留めませんでした。優しいしぃちゃんは、みんなの人気者でした。

でも、しぃちゃんの優しさが、初めて会った人にどうして伝わるでしょうか。

「化け物」

入学式の日、クラスの誰かが言いました。

しぃちゃんは言い返さずにあいまいに笑って、伺うようにわたしを見ました。

わたしは何も言えませんでした。

小さいころ、しぃちゃんの話をするたび母が浮かない顔をしていた理由が、その時はっきりと分かってしまったから。

黙り込んだわたしは、きっとしぃちゃんを傷つけたでしょう。しぃちゃんはへらへら笑ったまま、やっぱり何も言いませんでした。

噂は学校中に広がりました。

「きみちゃん。わたしね、部活に入るのはやめにする」

部活動紹介があった日の帰り道、しぃちゃんはわたしに言いました。まだ夜を待つ習慣ができる前で、わたしたちの後ろにはわたしの長い影としぃちゃんのまん丸の影が並んでいました。

「陸上部に入るって、言ってたじゃない」

「うん、でもわたしがいると、みんなが困ると思うから」

わたしはまた何も言えませんでした。

わたしだけは、ずっとしいちゃんの味方でいなければいけなかったのに、どんな言葉もあまりに無責任だったのです。

結局、わたしもしぃちゃんも部活には入りませんでした。空き教室や校舎裏で時間をつぶして、暗い山道をふたりで歩いて帰りました。何かから逃げ続けているみたいでした。

しぃちゃんはいじめられてはいなかったけれど、学校になじむことを始めの数日ですっかりあきらめてしまいました。

しぃちゃんは腫れ物に触るように扱われて、グループワークの時ですら順番に、どこかの班に招かれました。そういうとき、みんな決まって、生贄になったみたいな泣きそうな顔をしました。しぃちゃんは噂の中で、本物の化け物にされてしまったから。

しぃちゃんが人を襲うところなんて、誰も見たことがないくせに。

いつの間にか夕陽は暗さを増していました。あと数十分もないうちに夜が来るでしょう。

「帰ろう、きみちゃん」

しぃちゃんは丸い影に背を向けて、わたしに笑かけました。その向こうに、しぃちゃんの膝でまどろんでいた子猫が歩いています。小さな足が、まあるい影を踏みつけて。

「あ」

影が。

丸い影が。地面を塗りつぶしたように、くっきりとして見えました。影の真ん中に亀裂が入り、がぱりと開いた中に、ぞろりと並んだ白い歯。濁った灰色の空洞。その、暗闇みたいな空洞に子猫が呑み込まれるところを、わたしは確かに見ました。手を伸ばす間すらありませんでした。瞳を持たない化け物が、わたしを見てうっそりと笑いました。

「どうかしたの?」

しぃちゃんが、不思議そうに言いました。

しぃちゃんの向こうには何もありません。まん丸の影と、わたしののっぽな影が、同じ濃さで行儀よく並んでいるのでした。

「なんでもないよ」

わたしは心の中だけで子猫に手を合わせて、しぃちゃんの手を取りました。

しぃちゃんは優しい子です。こんな化け物を、幼いころからずっと影の中に飼ってあげているのですから。

「帰ろうか」

もうすぐ、夜がきます。