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佳作「オレオレ詐欺 小島空見子」

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第15回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「オレオレ詐欺 小島空見子」

「ちきしょう、今月はこれで六連敗だ」

すっかり、出玉の消えた台を拳で小突いて、俺はパチンコ店の外へ出た。けたたましく煽る大音響が、背中で閉まる自動扉の向こうへ押し込められる。

「はぁ、給料日まで半月ちかくあるよ。どうやって食いつなぐんだ?」

そのとき、ポケットの中から携帯電話の着信音が聞こえた。すぐさま電話に出た俺は、心当たりのない声に戸惑う。相手は九州訛りの年輩の女性だった。

「ヒロシかね? ばあちゃん、今、東京駅に着いたとよ。駅の北口のA喫茶店におるから、迎えに来んしゃい」

「俺はヒロシじゃないですよ。間違えてませんか?」

「間違えるわけなかろう。ヒロシにかけとるたい」

あきらかに間違い電話だった。会話を続けるのが億劫だった俺は、黙って通話を切ると、ズボンのポケットに携帯電話を押し込んだ。すると、間髪入れず再び、着信音が鳴る。きっと、またあの婆さんからだ。仕方なくもう一度だけ、俺は電話に出ることにした。

「婆さん、俺はヒロシじゃ……」

「こら! ヒロシ! なして切るとね。アンタが電話ばかけて、お金ば貸しってくれち泣きながら言うけん、ばあちゃんは東京まで出てきたとよ。早よう迎えに来んしゃい」

相手の勢いに気圧され、俺は言葉を失った。と、同時に、この婆さんは「オレオレ詐欺」に騙されている高齢者ではないのかと思った。大の男が、泣きながら電話でカネの話をするなんて、絶対にあやしい。

「婆さん、そいつはオレオレ詐欺……」

ここまで言って、俺は黙った。待てよ、このまま孫になりすませば、この婆さんのカネを俺が頂けるのではないか? 「オレオレ詐欺」なら、俺がその上前をはねてやろう。気の変わった俺は孫のふりをして返事をした。

「お婆ちゃんわかったよ。すぐ行くからね」

電話を切ると、俺は急いで近くの地下鉄に飛び乗った。東京駅に着き、A喫茶店の奥のテーブル席に、一人で座るそれらしき婆さんを見つけた。俺は帽子を目深にかぶり直して、静かに近づき声をかけた。

「お婆ちゃん、オレだよ」

「ヒロシかい? 長いこと会っちょらんが、ちっとも変わらんねぇ」

婆さんは俺のことをヒロシだと信じ、疑っていない。

「お婆ちゃん、カネだけど……」

「アンタが会社に借金ばしたと聞いち、びっくりしたとよ。ほれ、みやげの明太子と一緒に封筒ば入っちおるけん、持って行きな」

俺は、博多名物と書かれた紙袋を渡された。

「ばあちゃんはなぁ、孫のアンタんためなら、ナンボでもお金ば工面してやりたかばい。でも、これが精一杯やけすまんのぉ」

俺は自分がヒロシでないことを忘れ、婆さんの言葉に目頭を熱くしていた。

「ヒロシの元気な姿ば見て安心したばい。じゃあ、ばあちゃんは新幹線で帰るちゃ」

ちょっと待ってくれ。いくら俺でも、孫を心配するか弱い年輩者から、有り金をむしり取るなんて出来ねぇよ……俺が紙袋を返そうとすると、婆さんは「いらん、貰っておけ」と、言うように首を横にふり、そのまま店の出口へと向かった。

「そうだ、ヒロシ」

思い出したように婆さんが振り返る。

「すまんが、新幹線代がちょっと足らんようになってしまったんよ。東京は物が高くてイカンばい。ばあちゃんに帰りの運賃ば、貸してくれんかいね?」

「あ、ああ、今出すよ」

俺は財布を出して一万円札を手渡した。

「博多まで一万円では帰れんとよ?」

慌ててもう一枚、万札を差し出した。

「ヒロシ、気張りんしゃいね」

そう言い残すと、婆さんは店を出て、駅の方角へと消えていった。後ろ姿を見送った俺は高齢者を騙した罪悪感に、しばし心が疼いたが、受け取ったカネを確かめておこうと気を取りなおし、貰った封筒を開けてみた。

「これは……?」

封筒の中にあったのは、達者な文字の書かれた薄っぺらい紙切れが一枚。

ーーとっとと働け! お前のためだーー

どういうことだ?慌てて紙袋をさらったが、明太子の他は小銭一枚出てこない。予期せぬ展開に、俺は当てが外れてガクリと肩を落とした。どうやら、甘やかすのは為にならんと、あの婆さんは、カネの代わりに「金言」を孫に授けたようだ。

ふと、ある考えが頭をよぎった。

婆さんは本当に孫に会いに来たのだろうか?俺は空になった自分の財布に手をやった。