佳作「三毛猫の退屈 江原有香」
風鈴の音で目を覚ました。頭上で鳴る、三百個ほどの風鈴。にゃあ、と鳴くと、おじいちゃんがやってきた。
「風が吹いたのか」
僕の頭を撫で、ふっとため息をついた。しわだらけの手はあたたかく、心地よかった。
「人が死んだか……」
僕とおじいちゃんの住むこの家には、人が死ぬと風が吹く。そよ風のようなあたたかい風は、近くで人が死んだことを表す。
おじいちゃんは風を感じることができないから、こうしてたくさんの風鈴をつけている。これで、おじいちゃんは風を感じているのだ。
目を細めて風鈴を見つめるおじいちゃんはいつも、僕には風を待っているように見えた。
「今、ご飯をつくってくるから。良い子で待ってなさい」
僕はわくわくしながら、にゃあ、と返事をした。
おじいちゃんが部屋を出てすぐ、窓際に一匹のすずめがとまった。この部屋から出たことのない僕に、外の世界を教えてくれる。
――誰か死んだのかい? 僕がたずねる。
――三軒となりの酒屋の母さんだ。
――そうか。おじいちゃんがよく話してたな。
――あそこの母さんはおもしろかった。
それにしても、とすずめが外を気にする。
――どうして君は外に出れないんだい?
――外は恐いからだって。
おじいちゃんの足音がすると、すずめはチチッと鳴いて飛んでいった。
今日のご飯は、かつおぶしをまぶしたねこまんま。僕はかつおぶしが一番の大好物だ。おじいちゃんは風が吹いた日だけ、かつおぶしをたっぷりとまぶしてくれる。
「じゃあ、ちょっと隣の部屋で昼寝をしてくるからね」
にゃあ、と返事をして、おじいちゃんを見送った。
また、風鈴の音で目が覚めた。欠伸をして、にゃあ、と鳴く。おじいちゃんは来ない。
窓の外を見ると、朝のようだった。ということは、もう一日近く眠っていたんだろう。
もう一度、にゃあ、と鳴く。おじいちゃんは、やっぱり来ない。
まだ、昼寝してるのかな。
だとしたら、あまり起こしちゃいけない気がした。後で教えてあげればいいのだ。
窓にすずめがとまっているのも気にせずに、僕はもう一度目を閉じた。
もう三日が経つ。おじいちゃんは、あれからいくら呼んでも来なくなった。もうお腹が空いて、がまんができない。
僕はおこられるのを承知で、部屋を出た。おじいちゃんがいるはずの、隣の部屋へ向かう。
おじいちゃんは、まだ眠っていた。にゃあ、と鳴くが、目を覚まさない。
お腹が空いた。僕は、おさえきれない眠気におそわれる。
おじいちゃんのしわしわの手に寄りそって、僕はそっと目を閉じた。おじいちゃんの手は、少し冷たく感じられた。