選外佳作「優しい神様 枝村真喜子」
今日泊めてくれる神募集。
携帯サイトに打ち込めば一分と経たずに神が現れる。その場限りの神がこの世の中には溢れているのだ。
何て便利な神なのだろう。名前も知らず素性も知らない神は、足さえ開けば私にお金とベッドを与えてくれる。
待ち合わせ場所を指定すると眼鏡をかけたスーツの男がやってきた。
「美香ちゃん?」
男は疑うことなく偽物の私を呼んだ。
私は笑う。小首を傾げ恥ずかしそうに笑う。この方がお金をたくさんもらえると知ったから。
「行こうか。食事は済んだ?」
私は首を横に振り口を小さく結んで上目使いで男を見る。男は慣れた手つきで私の肩に手を回す。
バカな生き物を神様は作ったものだ。
街灯に照らされた白いクラウンが闇夜に輝き私を乗せて発進する。
通り過ぎる街並みは夜とは思えぬほど賑わい、ネオンが卑しく光を放っている。
目に映る景色は本物なのだろうか。それとも私と同じ偽物なのだろうか。
ハンドルを握るこの男もきっと偽物なのだろう。
「何の仕事?」
「一言でいえば社長かな」
「社長?」
「君が期待しているような社長じゃないさ」
私は何も言わずに男に笑い返す。期待などするはずもなく興味などあるわけがない。
だって今日だけの神なのだから。
男はファミリーレストランの駐車場で車を停めた。無言で降りた私の前を歩く男の背中がお前にはここがお似合いだとせせら笑っている。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
ロボット化した店員が男に聞き、プログラムされた通りに私と男を席まで案内する。
「ご注文が決まりましたらそちらのボタンでお呼びください」
インストールされた言葉を呪文のように唱えると店員は元の場所に戻っていった。
男はハンバーグとサラダ、私はチキンドリアを注文しドリンクバーでコーヒーとコーラをグラスにいれた。
今日初めての食事が見ず知らずの男。今この店内にいる客から見たら恋人同士に映っているのか窓に映る私に聞いてみた。
「大丈夫。私だけじゃない」
窓の私はゆがんだ顔で笑う。
「お待たせしました」
さっきの店員とは違う店員がハンバーグとチキンドリアとサラダを器用に両腕に乗せて運んできた。
「お熱いのでお気を付けください。ご注文は以上でしょうか? ごゆっくりお召しあがりください」
私と男を見るでもなく光のない目で呪文を唱えた店員は追われるように戻っていく。
「いただきます」
男は意外なほど食べる姿勢が綺麗だった。今まで会ったどの男よりも品があり、粗雑な言動も見えなかった。
私は目の前に置かれたチキンドリアを眺める。見飽きた外観、見飽きた色、食べ飽きた味。立ち上がる湯気に吐き気が出そうになる匂い。
うんざりだ。
他の客で賑わう深夜のファミリーレストラン。店内で誰にも悟られず恋人を装い時間を埋める。
内容のない会話を重ね男は腕時計に目をくれる。
「そろそろ行こうか」
男は伝票を手に取りレジで精算する。財布から覗くカードの数が男のステータスを教えてくれた。
男の運転する車はレディー・ガガの曲を聞き終わることなく川沿いのマンションに停車した。車を降り、エレベーターに乗って部屋に向かう。靴音だけが廊下に響き七○五号室前で足を止める。
「あとは分かるよね」
男は色のない目で私を見る。
私は小首を傾げて笑う。大丈夫、だってこの男は神なのだから。