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選外佳作「勝手な祈り 夕井幸」

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第22回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「勝手な祈り 夕井幸」

千葉から山形まで高速に乗り車で数時間、途中途中パーキングエリアで休憩しつつ、ようやく辿り着いた。午後六時であった。数年間、帰らなかった実家の玄関のチャイムを鳴らすのは僅かに緊張したが、ガラガラと音を立てて出て来た母の顔を見ると安堵した。

「ただいま」

「お帰り、長旅ご苦労様、ご飯食べる? 」

「うん、食べる」

玄関を潜って、靴を脱ぎ、途端に香ってきた料理の良い匂いに、お腹が鳴った。その音を聞いた母が笑って、「すぐ用意するから」と台所に戻っていった。

二階の自室に荷物を置きに行ったら、そこはかつての自分の安心できる領域ではなくなっていて、掃除機やら不要になったであろう大きな棚やらテーブルやらが所狭しと置かれていた。仕方なく、一階に戻り台所の母に尋ねた。

「俺の部屋、物置になってるんだけど……」

「ああ、ごめん。でも片付ける暇がないのよ、今日は居間の隣の和室に泊まってくれる? 」

「分かった」

居間を経由して隣の和室に行くと、既に綺麗に布団が敷かれていた。部屋を見渡すと棚が一つと天井には神棚がかけられているだけで、相変わらずこの部屋には物が少なかった。荷物を置き布団に横になった。数分間ぼんやりとしていると、母が、「ご飯出来たわよ」と声をかけてくるのが聞こえた。襖を開けて居間に戻ると中央の食卓には、二人では食べきれないと思われるほどの料理が並んでいた。

「久しぶりに帰ってきたから、気合入れて作りすぎちゃった」

「明日の分もあるね、いただきます」と言って食べ始める。

食卓にはテレビのバラエティの映像が流れている。

「そういえば、父さんは大丈夫なの」

「大丈夫、でもお父さんは今日も暇みたいでメールばかりくれるの」と嬉しいのか迷惑なのか分からない顔で苦笑いした。多分、嬉しいのだろう。

「電話もくれるのよ。今日はまだ来てないけど、多分来るわね」

「ふうん、寂しいんだよ、きっと」

食べ終わったら、隣の和室に戻り神棚に父の治癒を祈ろうと思い、正面に立った。よく見ると埃が被っていたので、掃除をしてやった。掃除をしている時に、小さいころよくこの神棚で妄想ごっこをして遊んだことを思い出した。小人になって当時は豪華に見えた建物に住んでいる妄想だった。今見ても、豪華な装飾は変わらなかったが、多少汚れでみすぼらしくなっていた。

小人になった子供の自分は、神社より大きな鳥居を潜り、扉を開けたり、大きな榊にぶら下がったりして遊んでいた。水器には水が淀みなく注がれていて、左右の小さなお皿にはそれぞれ米と塩が盛られていて、篝火には建物の半分ほどもある蝋燭の炎が揺らめいていた。

今はもう蝋燭の炎も、米も塩も水も備えられていなかった。

掃除が終わり、米と塩と水を持ってきて備えた。蝋燭は無かったので火は灯せなかった。数年間ほったらかしにしていたのに、都合のいい時だけこうして神様に頼るということは、何とも愚かな行為に思えた。それでも、父が早くよくなりますようにと、勝手な祈りをささげた。

祈っている途中で、襖を開けて母がやってきた。

「また、お父さんから今度は電話が来て、友一に代われってうるさいのよ。明日二人で行くからって言っても駄目で。代わってくれる? 」

「分かった」

神様、父さんは元気みたいです。それでも半分の祈りでも届いてくれることを願って、電話に出た。

「もしもし、父さん、友一だけど」