選外佳作「神様ごっこ 櫟聡志」
神様ってのも思ったほどいい事ばかりじゃないな、僕はまだヒリヒリするほっぺたに手を当てながら、トボトボと一人で歩いている。
そもそも『神様ごっこ』を考えたのはケンちゃんだった。ケンちゃんは僕たちの中で一番背が高い。それに、空手をやってるからガッシリしてる。小学三年生にとっては、体が大きいってのはとっても重要なことなんだ。それで、ケンちゃんはいつもみんなのリーダー役。僕たちは、おんなじクラスの男の子四人、女の子二人の六人組で大体いつも遊んでるんだけど、何をするか決めるのは大体ケンちゃん。
『神様ごっこ』のルールはとっても簡単なんだ。毎週月曜日の朝礼が始まる前に、六人で集まってじゃんけんをする。勝った人がその週の『神様』になる。神様には、みんな丁寧な言葉を使って話して、その人の命令には何でも従わなきゃいけない、それだけなんだ。ね、簡単でしょ?
最初に神様になったのはショウ君だった。僕たちの中で唯一塾に通ってて頭がいいんだ。だけど、ちょっとオドオドしたところがあって、結局何の命令も出さなかった。僕たちは、一週間丁寧な言葉で話しただけ、それだけで終わっちゃった。
その後の二週間は連続で女の子だった。なっちゃんとレナちゃん。こういう時、女の子って容赦がない。シンちゃんは、毎日下駄箱のところで、なっちゃんの上履きを履かせてあげる係りにされた。なっちゃんの足元に跪いてるところを皆に見られて「へんたい、へんたい」って、なっちゃんが神様の一週間ずっとクラスでからかわれてた。
レナちゃんが神様のときに一番大変だったのは僕だと思う。夜の八時にいきなり電話がかかって来て、「今からジャンプが読みたいからすぐ持ってきて」って。僕は歩くと十五分はかかるレナちゃんの家までの距離を、ぜえぜえ言いながら五分で走った。僕のお兄ちゃんはもう中学生なんだけど、ジャンプを貸してもらうために経緯を話したら、「お前、それってパシりだぜ」って言って笑ってた。
それで今週はやっと、僕が神様になったってわけ。女の子たちのおかげで、どういう風にしたらいいのか何と無く分って来てたし、命令したいことも考えてあった。
朝、靴箱のところでなっちゃんが「タク様、おはようございます」って丁寧に挨拶してくれる。いつもなんて、頭の後ろをパシッて叩きながら、「タッ君、おはよ」てな感じなのに。ショウ君には宿題を全部写させて貰ったし、シンちゃんからはゲーム機ごと貸して貰った。だから、最初の方はとっても楽しかった。神様の辛い所を知ったのはつい昨日のことなんだ。
これは、女の子たちには言ってないことで、君を信用して言うんだから内緒にしといてほしいんだけど、僕たち男の子四人は、木曜日の帰り道は必ず第四公園に寄るんだ。第四公園ってのはとっても狭い公園で、遊具だってないから遊びに来る小学生はほとんどいない。だけど、公衆トイレの個室の中に、毎週エロ本が捨ててあるんだよ。ねえ、笑わないでって。とにかく、毎週そのために第四公園に行くんだけど、昨日僕は一緒に行かせてもらえなかった。ケンちゃんが、「神様はエロ本なんか見ちゃいけない」って言ったからだ。今思えば、神様の命令で無理やり行くことも出来たんだけど、その時はなんだか僕も行っちゃだめな気がして、結局一人で先に帰った。
それで、今日の放課後。教室にはたまたま僕たち六人だけだった。僕は昨日のことを思い出してだんだん腹が立ってきたんだ。それで、ケンちゃんと昨日のアニメの話をしていたレナちゃんに向って、「ねえ、レナちゃんキスしてよ」って言ってみた。その瞬間、ケンちゃんの空手パンチが飛んできた。僕は、本当に漫画みたいに後ろにひっくり返った。実は、ケンちゃんがレナちゃんのこと好きだって知ってたんだ。僕は「神様の命令は絶対なんだぞ!」って叫んで、ランドセルを引っつかんで教室を飛び出した。
それで今、僕は一人で帰ってる。あんまり一人で帰ることってないからちょっと不思議な気持ち。昨日もそうだったんだけど、誰も話す人がいないから、色々と考えちゃう。ふと、今から教室に戻って、神様の命令で、皆に僕のこと許してくれるようにって言おうと思った。それで、勢いよく振り返ったんだけど、その時またほっぺたが痛んで、なんだか馬鹿馬鹿しくなった。
来週はまた、誰かが神様になるんだ。神様じゃなくなった僕は、皆一人ひとりに謝って許して貰おう。ケンちゃんが神様になったら大変かな。いや、ケンちゃんはきっと、そんな復讐の仕方はしないな。
そんなことを考えながら、一人の道をトボトボと帰ったんだ。