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佳作「羊飼いがいた 村本匡聡」

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第22回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「羊飼いがいた 村本匡聡」

ある時代、ある場所に、一人の羊飼いがいた。

その羊飼いは、人という生き物が大嫌いだった。彼自身を含めた人間の誰しもが生きる上で帯同することになる、不誠実さや傲慢さ、そしてその利己性が、彼には赦しがたいもののように思えて仕方がなかったのだ。

彼はまず、親を恨んだ。子の持つ不誠実さは、子を産む親から受け継がれるが故に生じてしまうのだ、親が不誠実でさえなければよかったのだ、と考えた。五歳を迎えた日、彼は家出することにした。

次に彼は、自分を育てた傲慢な街を恨んだ。盗みや殺人が毎日のように起こるその街では、誰もが謙虚な気持ちを忘れているように見えた。十歳を迎えた日に、彼は街を離れ、羊飼いとして生きることにした。

彼は最後に、神を恨んだ。そもそも神が、もっときちんと時間をかけて世界を創り出していれば、人間は必ずしも利己的な生き物にはならなかったのだ、と考えた。彼は十五歳を迎えた日、神を探す旅に出ることにした。

羊飼いは歩いた。途方もない距離を、辛抱強く歩き続けた。野を越え、丘を越え、山を登り、谷を下った。実に五年間もの間、彼は神を探して歩き続けた。

そしてとうとう、羊飼いは見つけた。その神と思しき存在は、崖に聳え立つ大木に姿を変え、そこにいた。その大木自身は自らのことを神ではなく造物主であると言ったが、羊飼いにとってはどちらも同じ事だった。

「あなたはなぜ我々を、自分勝手な性格を持つように創ったのですか」と羊飼いは尋ねた。

大木は答える。

「私がそういうふうに創ったんじゃない。君たちがそう望み、そう育っただけさ」

「あなたはなぜ、七日間というとても短い時間で世界を創ったのですか」

「なにか理由があってその時間にこだわったわけじゃない。それ以上の時間がとりたてて必要ではなかっただけさ」

「もっと時間を長くかけて、丁寧に世界を作っていれば人間という利己的な動物は生まれることはなかったのではないのですか」

「時間は問題じゃない。どの動物も例外なく利己的に創られているし、生物である以上それは仕方のないことだ。人間もただその延長線上にあるだけさ」

「その人間の生き方が、僕には赦せないんだ」羊飼いは叫んだ。

「それほどに不満なのであれば、君が世界を創り直せばいい」と大木は言った。「それは、それほどむずかしいことじゃない。なあに、私を焼き払えばいいだけの話さ」

彼は、言われたとおりにその大木を焼き払うことにした。辺りの落ち葉を掻き集め、ポケットにあったマッチで火をつけた。木はごうごうと勢い良く燃えた。そして三日三晩燃え続けた。彼はその間じっと待った。木は跡形もなく焼失し、やがて灰も風にさらわれてそこには何もなくなった。

彼はかつて木が生えていた場所に座りこみ、新しい世界について考えた。そして、まずは現在の世界を消し去ろうという結論に至った。

彼は一日目に世界を完全に消してしまった。そしてそこには闇だけが残った。二日目に、前の造物主と同じように最初に光を創った。そして二日目に空を、三日目に大地を創った。四日目に海を作り、陸地には植物を生えさせた。五日目に太陽と月と星を創った。

問題は次だった。生き物たちをどうするか、彼は考えた。再び、人間のような利己的な種を生み出してしまっては、今回世界を作り変える意義すらをも失ってしまう。

その結果、ヒトの祖先となり得る霊長類などは創らないことに決めた。二日間かけて、かつていた魚と鳥と獣と家畜を創り直し、八日目に彼は体を休めた。

八日間かけて彼の作り出した文明のないその世界は、彼がかつて望んだ世界そのものだった。彼はその世界に満足し、その新たな世界の神として見守ってゆくことに決めた。

数億年経った頃、彼もその時にはもうすでに、崖の上でどっしりと構える大きな木になっていた。彼は姿を変えてなお、その世界を何年も見守り続けていた。そして彼自身も予想だにしていなかった、あることが起こった。海辺を住みかとしていた軟体動物の一種が、陸に適応し始めたのだ。彼らは高い知能を身につけ、空気を振動させ合い行う、言葉に似た意思疎通の手段も得た。やがて高度な文明をも築き始めた。そしてその過程の中で、その種の個々が、利己的な欲求をお互いにぶつけあい始めた。傷つけあい、奪い合い、殺し合った。それはかつての羊飼いに、かつての人間たちの姿を彷彿させた。

しばらくして、そのうちの一匹が崖の上の木のもとに現れ、こう尋ねた。

「あなたはなぜ我々を、自分勝手な性格を持つように創ったのですか」