選外佳作「就職とカメラ 岸田奈歩」
メールを開いて文面を読みまた、溜息が出た。「末筆ながら、貴殿のご活躍をお祈り申し上げます」この文章を読んだのはこれで60回目だ。祈ってもないくせにきれいごと言うなと見るたびに苛つくが、そんなきれいごとを言う社会人になるために、就職活動をしている。しかし、「採用」の言葉が入った文章は一度も送られてこない。
「このカメラで撮れば就職成功率99%!」
というカメラを知ったのは、電車内にいたリクルートスーツの女子二人の会話だった。彼女らの話によれば、「かわいいね」「君が一番美しい」などとカメラが声を発するらしい。その会話を盗み聞きしていた私は噴き出しそうになったが、書類選考で落ちることがなくなり就職活動が順調に進んでいるとにこやかに話しているのを聞いているうち、そのカメラがどんどん気になり、こう思ったのだ。
履歴書の内容をどんなに直しても選考に通らないのは履歴書に添付している写真のせいかもしれないと。就職活動用に写真屋で撮ったものだったが無表情の真顔は自分で見ても怖かった。この写真を撮り直そうと思った私は、スマホで彼女らが言っていたカメラ屋を調べ店に向かった。繁華街を抜けた路地裏の雑居ビルに入った怪しさ満載のその店にはリクルートスーツの女子学生が数人いた。
「予約は?」
べたついた長髪の男に声をかけられ首を振ると
「予約必要なんだけど今日は特別。五万だけど、大丈夫?」
五万?高額すぎると思ったがこれで就職が決まるなら安いのかもしれないと思い頷いた。
「高いと思ったでしょ。でも俺が研究に研究を重ねて作った苦労に比べれば安いもんだよ。
このカメラで撮れば職が決まるんだから」
そう言ってニヤつく長髪男は気持ち悪かったがぐっと堪えた。一時間ほど待たされ、小さな部屋に通された。三脚に装着されていたのは下品なピンクのカメラだった。
「俺の作ったカメラの凄さ、実感してよね」
男は自慢気に言うと部屋から出て行った。
「かわいいね。いい顔してるよ!」
「キレイ、だから自信もって!」
下品なピンクのカメラから機械的な甲高い声が発せられた。本当に書類選考を通過する写真が撮れるのだろうか。カメラからの声を聞くたび、胡散臭いと思い顔が強張った。
「もっと笑ってよ」
とカメラが言ったが、「笑えるわけないし」と思った私は結局最後まで強張った顔のままだった。
「はーい、終了。お疲れ様。レジで五万払っておいてね。その間に現像するからねー」
男は鼻歌まじりにレジを指し私は生活費のためにおろしていた五万を支払った。
三十分ほど待って出てきた写真は、前に撮った写真と同じ真顔で、変わった点といえばさらに怖さが増していたところだった。
「内定もらえるといいね。念の為だけど、百%の成功保証なんてないからね。俺のせいだって言われても困るからさ」
騙されたのかもしれないと思ったが、もしかしたらこの写真で書類選考に通るかもしれないと望みを持ち、店を出た。
その写真を使って書類選考に応募したが一社も書類選考を通過することはなかった。
一回だけ撮り直し可能とあの男が言っていたことを思い出しもう一度あの店に行った。
下品なピンクのカメラ前に座りカメラを見つめたが、カメラはあの胡散臭い言葉を発しない。じっと見続けていると、突然、やけに低く冷静な声でこう言った。
「つまんなそうな顔してるけどあんた、本当にどっかの会社に就職したいわけ?」
長髪男が猛スピードでカメラに近寄った。
「おい、カメラ、何てこと言ってんだよ」
「本当のこと言っただけ。だってこんなつまんなそうな人、初めてだし」
長髪男とカメラが言い合いする中、私は店を出ていった。
コンビニの前で止まり、あのカメラが撮った写真をバッグから取り出した。あのカメラが言う通り私は本当につまらなそうな顔をしていた。あまりにつまらなそうで見ているうちにだんだん笑いがこみあげてきた。
私はどこかの会社に就職したいわけではなかった。やりたいことがあったが周りに流され世間体を気にして就職しようとしていたのだ。自分に嘘をついているのだから、つまらい顔になるに決まってる。長髪男がつくったカメラは私にそのことを気づかせた。
写真をびりびりに破いてゴミ箱に捨てると驚くくらい身軽になった。私の人生これからだ、そう思えてきた。
下品なピンクカメラ、なかなかやるな。そう思いながら私はやりたいことに向かって歩き出した。