選外佳作「友達 岸田奈歩」
今日も俺は一人で講義を受け昼飯を食い、誰とも話すことなく大学を出た。
俺には友達がいない。小学校のときいじめられてから同級生を信じられなくなった。友達なんか作らず一人でいたほうがいい、そう思う俺には友達は出来ないと思っている。
駅に向かって歩いていると、茶封筒が道の真ん中に落ちていた。怪しいと思ったが金が入っているかもと欲が出て拾い上げた。だが封筒を開けると「拾ったあなたは俺と友達です」と汚い字で書かれていた。きっと子供のいたずらだろう。金ではなく落胆した俺はその封筒を戻した。すると背後から視線を感じた。見回すが誰もいない。気持ち悪いと思い走り出すと電信柱から小太りでつるっ禿げのおっさんが現れた。
「兄ちゃんが拾ったな」
おっさんは俺の肩を叩きにやにやしていた。
「え?あ、そうですけど……」
「これ、読んだだろ」
おっさんは封筒を拾い上げ、またニヤけた。
「俺とあんたは友達って書いてあるだろ」
「何言ってるんすか。こんなもんで友達になれるわけないし」
俺は後ずさりしおっさんから少しずつ離れていった。意味不明な事で話しかけて金を奪おうとしているのかもしれない。俺は慌てて持っていたカバンを腕の前にぎゅっと抱えた。
俺の警戒する態度に全く気付いていないのか、おっさんは「友達」の文字を指してニヤニヤしている。その顔がさらに怪しく俺は逃げ出せる体勢を整えた。
「俺と兄ちゃんは今日から友達、決定!」
おっさんは金歯を見せ大笑いしている。
「いきなり友達になれるわけないでしょ。そんな事言いながら実は金盗るつもりだろ」
おっさんは急にしんみりした顔になった。
「そんな人を疑うこと言うなよ。こんな世の中だから仕方ねぇけどよ。俺は兄ちゃんのこと信じてるぜ。だって俺と今、友達になったんだからよ」
おっさんは馴れ馴れしく俺の肩に手をまわした。気持ち悪いがぐっと堪えた。
「これ、友達の証だ」
おっさんはさっきの封筒を俺に押し付けた。
「いや、いらないですって」
一歩退いたが無理やりコートのポケットに突っ込まれてしまった。
「兄ちゃん、一杯行こうや。友達はまず一杯酌み交わさないと」
「いや、いいです」
「そんなこと言うなよ、一杯だけだから」
おっさんは近くの大衆酒場の暖簾をくぐり店に入ってしまった。ここで帰れば逃れられると思うのに、旨そうな匂いに耐え切れず俺の足は店に入ってしまった。
まだ夕方四時前なのに、店内は立ち飲みのおっさんで満員だった。焼き鳥の煙とたばこの煙が入り交じる店内は数メートル先が見えないくらい煙かった。
おっさんは常連らしく「いつもの」と店のおばちゃんに言うと、カップ酒と焼き鳥数種類がすぐ運ばれてきた。
「兄ちゃん、お前友達いないだろ」
確信をつかれた俺は何も返せなかった。
「何があったか知らねぇけど俺みたいに世の中いい奴もいるぜ。友達って決めたら友達だ、だから俺と兄ちゃんは友達、乾杯」
おっさんは俺のグラスに勝手に乾杯するとにやにやしながら飲み干した。
その後おっさんに「遠慮しないで飲め食え」と言われ、焼き鳥も酒も今までこんな量を胃に入れたことがないくらい食べて飲んだ。 「明日もまた、ここで会おうな」とおっさんは言い俺は頷いて別れた。帰り道、明日を楽しみにしている自分に気付いて驚いた。
翌日、おっさんと約束した大衆酒場に行き、周りのおっさん客らのように焼き鳥と酒をちびちびやりながらおっさんを待っていた。だが、閉店まで待ってもおっさんは来なかった。その翌日も翌々日も待ったが来なかった。店のおばちゃんにおっさんの特徴を言ってみると、「そんな人知らないねえ」と返され「そんなわけない」と言ったが「あんた大丈夫か?」と大袈裟に心配されてしまった。
俺はあの日おっさんに無理やり渡された封筒から紙を出しテーブルに広げた。汚い字で「拾ったあなたは俺と友達です」と書いてある。やっぱり夢ではない。「いつかこんなおっさんが来たらおしえてください」とおっさんの似顔絵と俺の連絡先をかいて店員に渡すと「わかった、絶対連絡するよ」と店のおばちゃんは大きく頷き笑ってくれた。
あれからもあの店に行ってみるがおっさんはいない。だが、あの日から変わったことがある。店のおばちゃんや常連客と俺はよく話すようになり大学でも一人、話す奴ができた。
「俺、友達できたのかな?」とおっさんの顔を思い浮かべながら、あの日おっさんと出会ったあの場所を俺は今日もまた通り過ぎた。